8.氷の貴公子(物理)!
──王都にあるホルスト伯爵邸。
わたしは今、客間にてハウアー侯爵家のディアナとお兄様とでお茶を飲んでいる。ディアナが鬱屈した思いを抱えて、
「本当にふざけてるわ。なぜ、わたくしがあんな馬鹿男に惚れてるなんて思えるのよ。勘違いも大概にしてほしいわ」
あの婚約破棄騒ぎの時、パーティ会場にいなくてことの次第を知らなかったディアナは、ぷんぷんしながらさっきからマカロンを口に放り込んでいる。ストレスたまるのはわかるけど、食べすぎるとぷっくぷくになっちゃうよ。
あ、なんでディアナがあの場にいなかったのかっていうと、お兄様と別の場所にいたから。いったい二人でなにをしてたのかなんて、野暮なことは聞きませんよ。
そんなことを考えながら、わたしはアッサムティーに似た風味のミルクティーを味わう。
あ、異世界なので、もちろんアッサムという茶葉の銘柄はないからね。あれは地名だし、いくら味が似ててもこの茶葉は違う名前です。
でもなぜか、サンドイッチとかはサンドイッチって呼ばれてたりするんだよね。あれ、人名じゃなかったっけと思ったら、こちらでもサンドイッチという人が似たような経緯で作ったらしい。……異世界、よくわからんなあ。
「まあまあ、ディアナが怒るのはわかるけど、あの愚か者に言っても無駄だよ。学園でも有名な馬鹿らしいから」
ディアナの暴食を止めるかのようにお兄様が取りなしてきた。ちなみにお兄様はサバス様と違って、見た目は完璧な貴公子である。……うん、見た目はね。
「知ってるわよ。あの馬鹿はほとんどの生徒に
……まあねえ。わたしもその犠牲者の一人だから、ディアナの気持ちは痛いほどわかる。なんで嫌悪するような男に惚れてると思われなきゃならないんだってほんとに思うよ。……それにしても。
「でもよく筆頭侯爵家を親子そろってあんな場で侮辱できたよねえ。あれって、王妃様も侮辱したようなものだし」
「まあ、そこまで気がついてないのかな。分かってたら、まず普通はやらないし」
うーん、お兄様が言うことはもっともなんだけど、その常識が通じないのが馬鹿だからねえ……。
「いえ、あの馬鹿は分かっててやってるわよ。陛下が
「あー……、うん……」
ディアナの怒りももっともで、さすがにもうなんとも言えなくなって、わたしはしょっぱい顔になる。
「ディアナ、さすがに張り倒すのはよくないよ」
「でもエディル、そのくらいしないとあの馬鹿はわからないわよ」
「うーん、そうかもしれないけれど、あの馬鹿のために君が周りから暴力的な女性だと言われてしまうのも
「まあ、それは……、そうかも……」
お兄様のその言葉で、ディアナは口ごもった。感情のままに行動することはまずいと気づいたらしい。
……確かにお兄様の言う通り、サバス様のつけいる隙はないほうがいいもんね。不愉快だけど、その時までは完璧な被害者である必要がある。
「それに、あの男になにをされるかわからないし、しばらく学園は休んだほうがいいんじゃないかな」
「ああ、それはお父様やお母様も言っていたわ。あの馬鹿ならやりかねないからって。わたくしもまた胸をもまれそうになるのは嫌だしね」
「……なんだって?」
その途端、お兄様から冷ややかな空気が発せられた。……お兄様、物理的に屋敷を凍らせるのはやめて!
「あ、ええと、一度あの馬鹿に胸をもまれそうになったことがあるのよ。……もまれてないわよ! すぐに叫んで助けを求めたから!」
今や部屋を覆いつくさんばかりの氷に焦ったのか、ディアナが叫んだ。
「あの阿呆、よりにもよって……っ。ディアナの胸はわたしが育てたのに……!」
見た目は王子様なお兄様が、どこかで聞いたようなセリフをのたまった。育てたってなにそれ。もんだってこと?
……これさえなけりゃ、お兄様もまあまあまともなんだけどねえ。ディアナが絡むと、途端に残念になるんだよなあ。お兄様、おっぱい星人か。
わたしもディアナの胸がうらやましいから、隙を見てもませてもらってるけど。……ごめん、わたしもおっぱい星人だった。
でも、ディアナのドーン! バーン! な体形はとてもすばらしいんだよ。わたしもそこそこ美乳だとは思うけど、彼女の巨乳には負けるからねえ。ビバ、おっぱいおっぱい。
それに、あのむちむちの太もももたまりませんな~っ! え? どこで見たんだって? うちのお風呂ですよ、お風呂。あと学園での着替えの時とか。
変な目で見るなってディアナには怒られたけど、わたしは芸術を
「……マギー、君はいったいなにを考えてるのかな?」
あ、あれっ? なぜかお兄様の怒りの矛先が馬鹿からわたしに移ってる! 周りの景色がブリザードーッ!
なんでわたしの考えてたことがわかったの? お兄様、サトリなの? でも、ディアナと侍女が凍えちゃうから冷気を発するのはやめようね!
ゴクリと、今や冷え冷えになったミルクティーをいろんなものと一緒に飲み込むと、わたしは現状を打破するべく席から立ち上がった。
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