第16話 リーシェの目標

「あの、ケリー様大丈夫ですか?」

「あぁ、大丈夫だが。私は……」


混乱しているクエリーシェルを宥めてから、部屋へ戻るように促す。未だ放心状態で不安だったが、とりあえず彼のあてがわれた部屋へ着くと、そのまま中に入りベッドへと座らせた。


「お怪我はございませんか?」

「あぁ、大丈夫だ」

「本当ですか?首とか背中とか……」

「いや、見た目よりも平気だ。加減はきちんとしてくれていた。だからそれほど痛みもない」

「そうでしたか」


(あの人、なんだかんだと加減していたのか)


観客からはそうは見えなかったが、あれでも加減をしていたらしい、と考えてから、そりゃそうかと考え直す。


そもそもクジュウリの郷を治める聖上であった男だ、それくらい造作もないことだろう。そもそもあの人は基本的にヤるときは一発で仕留める。


仕損じることないように、万が一などがないように、一発で仕留めるために日々鍛錬を積んでいる人なのだから、手加減をしているのは当然ではあった。


(とはいえ、最後はどう見ても本当に捕まったといった感じだったが)


あの暴れよう、確実にクエリーシェルの手から逃れられなかったのだと思われる。それほどまでにクエリーシェルの握力がすごいということだろう。


セツナが抜け出せないくらいだ、相当な力だったのだろう。さすがコルジールの軍総司令官を務めているだけはある。


「でも、とりあえず見せてください」

「……わかった」


念のため身体を見せてもらうように服を脱いでもらう。首筋を見るために屈んだところで、不意に抱きしめられて大きく動揺する。


「け、け、け、ケリー様!?」


今朝のあの夢が思い出されて、目が白黒する。かぁぁぁ、とあの夢の状況が脳裏をよぎってきっと今の私の顔は真っ赤に染まっているだろう。


「すまない、少しだけ、こうしてもらっていてもいいだろうか?」

「いい、ですけど……」


私としてはこの羞恥に塗れる顔を見られないのはありがたいのだが、心なしかクエリーシェルの身体が震えているような気がするのは気のせいだろうか。


抱きついてくるクエリーシェルがまるで幼子のようにあまりにも小さく思えて、そっと私も彼に覆い被さるように抱きしめたあと、優しく頭を撫でた。


「どうしました……?言いたくないならいいですけど、言って楽になるなら言ってください」


諭すようにそう耳元で声をかける。すると、ギュッとことさら強く抱きしめられた。


「たまに、自分がわからないときがある」


ぽつりと発せられた言葉。それは彼のSOSだった。


(まだトラウマが克服できていないということか)


彼が鬼神と呼ばれる所以は恐らく、リミッターが外れたときに尋常ではない力を発揮するからだろう。噂で聞く限り、クエリーシェル単体で一部隊を掃討したことがあると聞いたこともある。


その引き金は彼にトラウマを植え付けた義母のせいである。そう思うと、見知らぬ人だし亡き人ではあるが、クエリーシェルにこのような傷をつけて恨めしかった。


「大丈夫です。ケリー様は、ケリー様ですよ」


そう言って彼を包み込むようにギュッと抱きしめる。


「知ってます?人って人の鼓動を聞くと落ち着くらしいですよ」

「鼓動……」

「えぇ。聞こえます?私の心臓の音。ちょっと速いかもしれないですけど」

「あぁ、聞こえる」


クエリーシェルとくっついていることの恥ずかしさから多少普段よりも速く脈を打っている気がするが、彼を落ち着かせるのにそこまで支障はないだろう。


聞こえやすいように彼の耳を胸の位置にくるように抱きしめると、だんだんと落ち着いてきたのかクエリーシェルの身体から少しずつ力が抜けてきたような気がした。


「そうだな。不思議と落ち着いてきた気がする。本当にリーシェは物知りだな」

「ふふ、打倒帝国以外の私の目標は知らないことを知る、ですから」

「そうだったのか?それは初耳だ」

「あれ?言ってませんでしたっけ。私は自分が知らないということが嫌なので、何でも知りたいんです」

「すごい目標だな」

「でしょう?だからそう簡単には死ねないです。まだ知りたいことがたくさんあるので」


昔から知識欲だけは豊富だった。だからこそ、こうしてヤンチャになってしまったのだが。


「落ち着きました?」

「あぁ、すまない」

「じゃー、オレさまからもちょっと話いいかい?」


自分達以外の声が聞こえて2人して声のするほうを向けば、そこにいたのはセツナだった。


「おぉ、シンクロ!」

「ちょちょちょちょ、何でセツナさんそこにいるの!!」

「え?反省会するため」

「せ、せめて、ノックを……」

「したんだが、取り込み中だったみたいだからな!」


(だったら入ってくるなよ!)


そう思ってもこの人に常識が通用しないことに気付いて、はぁぁぁぁ、と大きく溜め息をついた。


「ところでこれからヤっちゃう系?オレさまここで観賞してていい?」

「しません!何もしません!!」

「ヤる?何かする予定はさしてありませんが……」


察した私と理解してないクエリーシェル。それを愉快そうに笑うセツナの三つ巴で、思わず頭を抱えたくなった。

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