第57話 思惑
(もし何か用かと聞かれたら、皿洗いの手伝いをしようと思ってってことなら違和感ないわよね)
とりあえず言い訳を先に考えながらキッチンへと向かう。だが、不意に声が2人分聞こえてきて、思わず足を止め、身構えた。
(独り言……ってわけじゃなさそうね)
会話している雰囲気を察して、息を殺す。洗い物中なのか、食器がぶつかる音よりも大きな声で会話しているようだった。
気配を消しながら、会話内容を聞くために声を拾おうと近くに足音を立てずに忍び寄る。どうやら声の主は男女のようで、1人は先程のここの家主らしき女性ともう1人は少々恰幅のいい見知らぬ男性のようだった。
「〈もう寝たか?あいつら〉」
「〈多分、まだだと思うわ。さっき見たときに子供は寝てたけど、まだ2人起きてた〉」
(これって、私達のことを言ってるの?)
会話の内容的に、恐らく私達のことを言っているのだろう。寝たかどうかを気にしているというのは、一体どういうことなのか。
「〈ちぇ、まだ起きていやがるのか〉」
「〈街からこちらまで結構あったし、疲れているとは思うからそれほど時間もかからないでしょ〉」
「〈そうだよなぁ。ここまで来るのにだいぶ時間もかかってたようだし〉」
「〈そうだな。連絡来てから結構遅かったよな。子供いたからかね?〉」
「〈さぁ、もしかしたら具合が悪いとかもあるかも〉」
「〈それはそれで面倒だな〉」
(連絡が来てから……?)
彼らの会話的に、やはり私達がここに来るのは事前に知っていたということだろう。だが、なぜ先に知ることができたのか。
(ここでの連絡手段が伝書鳩などを利用していると考えれば、辻褄は合うか)
だが、私達が来るのが遅いと言っていたことを考えると私からの情報が漏れているというより、ヒューベルトとメリッサの方から漏れていると考えたほうがいいだろう。
(となると、今回の件はギルデルとは別案件ということかしら?)
だが、わからないことは多い。事前に知っていたとして、彼らは一体私達をどうするつもりなのか。
さらに情報を得るために、さらに彼らに近づき耳をそばだてる。
「〈一応ヴァレリアンも飲ませたし、そのうち寝るとは思うわ〉」
「〈あれ、飲んだのか、あいつら〉」
「〈子供はね。大人もちょっとは飲んだようだけど。でも、あまり飲まなかったせいで効きは悪いかも〉」
「〈仕方ねぇ、しばらく待つか〉」
(ヴァレリアン……って確か、睡眠導入剤?)
過去に図書室で見た薬草の本の内容を思い出す。ヴァレリアン、確か不眠症やストレスに有効とされて、睡眠導入剤や精神安定剤として使われると書かれていたような気がする。
ヴァレリアンは根や茎を使用するのだが、とても臭いがきつく、苦味が強いのが特徴だったはず。先程食後に出された飲み物の特徴と一致する。
(盲点だった。すっかり忘れてたわ……!)
あまり見聞きしない薬草だったため失念していたと気づけなかった自分を責める。それと同時に、なぜ彼らはそれを私達に飲ませたのかが気になった。
(時間は惜しいけど、このまま彼らの話を聞くほうがいいかもしれない)
どう考えても彼らが私達をどうにかしようとしているのは明白だった。だが、同時に彼らが今後どういった動きをするのか把握する必要もあった。
「〈でもよー。女子供にもう1人も男とはいえ片腕だろ?どうにかできんじゃねぇか?〉」
「〈私にそんなこと言わないでちょうだいよ。そういうことは村長に言って〉」
「〈あの人慎重だからなぁ……。まぁ、いい。どうせそのうち寝るだろ。あまり金目のものは持ってなさそうだけど仕方ねぇ〉」
「〈荷物が無駄に多かったからそれを売ればいいでしょ。あとは、男はどうかはわからないけど、女子供のほうは使えそうよ?1人は面白いワザを持ってるし、人買いが高く買ってくれるでしょう〉」
「〈それもそうだな。それにあの男も身体はあれだが、顔はいい。その辺の物好きにでも売れるかもな!久々にいい収入になりそうだぜ〉」
「〈やだ。そっちに興味があったの?〉」
「〈ばっ!ちっげーよ!オレは男よりも女の方がいい!〉」
「〈ふふ、どうだか?〉」
(街にいる帝国軍と結託して人攫いをして稼いでるということ、かしら)
不穏な言葉に胸がざわついた。
「〈最後の晩餐も楽しんでもらえたようだしね。……代わりに食器洗いが大変だけど〉」
「〈そりゃあ、まぁ、頑張れ〉」
「〈んもう!他人事だと思って!〉」
「〈実際他人事だからな。それにオレはこれから3人も捕獲しなきゃなんだぜ?〉」
聞いた話を総合すると、私達を人買いに売って儲けようとしているらしい。街で仕掛けず、わざわざこちらに誘導しているのは何か理由があるのかもしれないが、まだわからない。
だが、話ぶりから想定するに元々この村ではジャンスからこちらの村に来た人を捕らえて稼ぎを得ているようだった。もしかしたら、帝国嫌いというのを囮にでもしているのかもしれない。
そう考えると、あの既に用意されていた殺風景な大きな客間や歓待や段取りの良さも説明がつく。
反乱分子を抑えるという意味でも確かに理に適っていると言えるだろう。それほどまでにあそこの街では監視され情報統制されているのかもしれない。
(ギルデルが言いたかったのはこのことか)
あの時には理解できなかった言葉が、パズルのピースのように当てはまっていく。そして執政官らしく、まわりくどいなとも思った。
(やはりギルデルがあの手紙を……。一応、信用していいということね)
ここの村人の様子的にも今のところ私達が指名手配犯ということはバレていなさそうなこともわかった。ということはやはり、ギルデルは私達が指名手配されていることを伝えていないのだろう。
というか、そもそも派閥が違ってその辺りの情報共有がされていないが、彼は彼の情報網を駆使して私に教えてくれたというところだろうか。
(どういう意図かは不明だけど、使えるものは使わないとね)
そうと決まれば話は早い。すぐさまここから脱出して国境に向かわねば。
今のところ相手は私達が寝るのを待っているということだし、抵抗されたくはないということだろう。
(暗闇の中を行くのは気が滅入るが、この際仕方ない)
「〈なぁ、残ってる料理あるか?つまみにしたい〉」
「〈やだ。酔っ払わないでよ?このあと大事な大捕物でしょう?〉」
「〈大袈裟だなぁ、あんなのちょちょいのちょいだぜ〉」
まだ2人が会話してるのを確認しつつ、私はそっと階段を上がると、静かに部屋に戻るのだった。
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