第54話 家庭料理

「〈どうぞお召し上がりください〉」

「〈ありがとうございます〉」

「〈突然お邪魔したのに、こんなによくしていただいて申し訳ありません〉」

「〈いえ、お気になさらず。どんどん食べてくださいね〉」

「〈はい、いただきます〉」


そこにあるのはモットー国の家庭料理らしきものの数々だった。作り立てだからか、どれもこれもから湯気が立ち、スパイシーで食欲をそそるいい香りが鼻腔をくすぐった。


(ふぁ、美味しそう。うーん、見る限り毒になりそうなものはなさそうね)


葉物や花、茎、根など主に植物で毒を持っているものが多いのだが、そういう類いのものは入ってないようでとりあえずホッとする。


ちらっとヒューベルトとメリッサに目配せしたあと、口にサラダらしきものを運ぶ。


(美味しい……っ!!)


トマトとレモンの酸味が爽やかで、とてもサッパリしていて、キュウリや玉ねぎのシャキシャキ感も美味しさを引き立てた。


「〈とても美味しいです!〉」

「〈そうですか。これはチョバン・サラタスというこの辺りでは一般的なサラダですが、お口にあって何よりです〉」

「〈あ、こちらは何のペーストですか?〉」

「〈これはひよこ豆のペーストでして。フムスと言ってパンにつけると美味しいですよ〉」


促されてパンにつけて食べると確かに美味しい。初めて食べる味だが、程よい塩味とひよこ豆特有のまろやかな味わいで、特に違和感なく美味しく食べることができた。


「〈とても美味しいです!あ、私ばかり食べてすみません。みんなもぜひに〉」


私が特に問題なさそうなことを告げると2人も食事に手を伸ばす。見た限り、味わった限りでは特に食事に問題なさそうでホッとしながらも、ヒューベルトのアレルギーに注意をしながら食事を進めた。







食事もひと段落し、だいぶ満腹になった頃、私は相手に悟られぬように今回聞き出したいこの村について尋ねる。


「〈つかぬことをお聞きしますが、この村が帝国嫌いというのはどういう……?〉」


単刀直入に聞くと、女性はちょっと俯いたあと声を潜めるように小さく話した。


「〈それは……実はここだけの話ですが、帝国側があまりに横暴でして。街にいれば監視ばかり、何かにつけ気に入らないことがあれば怒鳴られたり手を上げられたりすることも多く、それで逃げてきた者達で作り上げたのがこの村になります〉」

「〈そうだったんですね〉」

「〈えぇ。皆様はどちらへ向かう予定ですか?〉」


女性からの質問に、チラッとヒューベルトを見ると、彼が口を開いた。


「〈私達は旅の一座でして。色々な街を回って収入を得ているのですが、一箇所に長く滞在すると飽きられてしまうので、こうして新しい村や街を求めて旅をしております〉」

「〈まぁ、凄い!ちなみに今何かお見せいただくことはできますか?〉」


女性からの無茶ぶりに、ヒューベルトがこちらを見てくる。このメンバーで何か今すぐ芸事ができると言えば、私くらいだろう。


「〈では、室内ですし、ちょっとしたことしかできませんが……。何か、手の平くらいの大きさのものってありますか?できれば3つほど貸していただけるとありがたいのですが〉」

「〈えぇ、でしたら……玉ねぎとかでも大丈夫です?〉」

「〈はい。大丈夫です〉」


玉ねぎを3つ借りると、席から離れてから「〈では、参ります〉」と宙に投げる。そして、タイミングを合わせてジャグリングを始めれば、「〈うわぁ、凄い!〉」と女性は目を輝かせた。


心なしかメリッサの目も輝いている気もするが、バレたら困るのであえて見なかったことにする。


「〈こんなものですが、いかがでしょうか?〉」

「〈えぇ、大満足です。どうもありがとうございます!まさかこんな玉ねぎで……〉」

「〈コツさえ掴めばできますが、最初は1つから、次は2つ……と徐々に数を増やすのがよろしいかと〉」


その後ジャグリングの話をしながら食事を進める。彼女はこうした曲芸を見るのが初めてだったようで、声が弾んでいるように思えた。


「〈初めてご覧に?〉」

「〈えぇ。街に来たとしても観る機会が……〉」

「〈そうでしたか。ちなみに、元々はどちらにいらっしゃったんですか?〉」

「〈私は、ジャン……ではなかった、遠い街のムゥラから来ました〉」

「〈そうなんですね。ちなみに、ムゥラはどういった場所ですか?〉」

「〈あー、えーっと、その……ここよりも暖かくて、その……〉」


突然そわそわしだす女性。困惑した様子だが、どうしたのだろうか。


「〈あら、食事もだいぶ減ってきましたね。まだ追加致しましょうか?〉」

「〈いえ、もうお腹いっぱいです。お気遣いどうもありがとうございます〉」

「〈そうですか。あ、では食後のお飲み物は?〉」

「〈いただきます〉」


そう言って出されたのは少々苦味が強い飲み物だった。一体何だろう、と眉を顰めると「〈苦味は強いですが、元気になる成分が入っていますので、ぜひ〉」と勧められる。


(苦味がキツくて何が入ってるかわからないわね)


私もヒューベルト同様あまり飲み進められなかったが、メリッサは違和感なく飲んでいたところを見ると、私達とは別の飲み物だったのかもしれない。


「〈すみません、あまり飲めず〉」

「〈いえ。慣れないと飲みにくかったかもしれませんね。では、後片付けは私がしますので、おやすみください〉」

「〈ありがとうございます。おやすみなさい〉」


(本当、随分と親切だなぁ)


疑っていたのが申し訳なくなりながら、私達はあてがわれた部屋へと戻るのだった。

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