第41話 図星

「〈リーシェ、遅い〉」


集合場所に行けば、既に2人が大きな荷物を乗せたラクダと共に待機していた。


だいぶ待ったのだろう、メリッサは私を見るなり、不機嫌を露わにしながら口を尖らせている。


「〈ごめんなさい、ごめんなさい。ちょっと途中でトラブっちゃって〉」

「〈トラブル?大丈夫でしたか?〉」

「〈あ、はい。多分大丈夫だとは思うのですが。……実は、ここに来る途中で帝国兵と遭遇してしまって〉」

「〈え!?〉」


あまり大きな声で言えないことなので、後半は声を潜めて言ったのだが、メリッサが思いのほか大きな声で驚く。


すかさずそれを抑えるようにヒューベルトがメリッサの口元を押さえると、彼女は途端に顔を真っ赤にして大人しくなった。


「〈メリッサちゃん。あまり大きな声を出したらダメですよ〉」

「〈……ごめんなさい〉」

「〈それで?あの、リーシェさん、大丈夫でしたか?〉」

「〈うーん、だいぶ迂回してここまで来たので、多分つけられたりはしてないと思いますけど……。正直、確証はないです〉」

「〈そうですか、であれば早々にこの街を出たほうがいいかもしれませんね〉」

「〈申し訳ないです〉」


実際のところ、だいぶ迂回してきたつもりとはいえ、地理がよくわかっていない人間からしたら迂回も意味をなしてない可能性もある。


先程の2人組の件もしかり、下手に長居をしてまた何か違った人に目をつけられても面倒だ。


「〈いえ、お気になさらず。あぁ、そういえば、先日言っていた帝国嫌いが住む人々の村、ここから少し離れているそうですがあるそうです。場所も教えていただきましたし、そこに行くのはいかがでしょうか?〉」

「〈それは大収穫ですね!そうですね、であればそちらに早速行きましょう〉」


まさか村の情報が手に入ったとは思わず、悪いことばかりではなかったとちょっとホッとする。


このまま事態が好転すればいいのだが、まだまだ国境まで距離があるし、あまり期待すると痛い目を見るかもしれないので、とりあえず気を引き締めることにした。


「〈でも、まずはここをまた出るのも難しいから気をつけないと……〉」


ぽつり、とメリッサが言う。確かに、その辺りは要注意だ。もし出るときにバレてしまったら、それこそ一網打尽である。


「〈そうね、入ったはいいけど出れないとなったら大変。あと、やっぱり警戒が強化されてるらしいから、ちょっとその辺りもどうにかしないとかも〉」

「〈うん。すごい女性に敏感みたいで、さっきもヒジャブを引っ張られていた子がいた〉」

「〈そうなんですよ。幸い、メリッサちゃんは俺が隠したから気づかれなかったんですけど〉」

「〈そうだったんですね。店主の方も言ってました。帝国兵によっては女性とわかると連行したり、ヒジャブを外そうとする人物がいると〉」


先程の帝国兵はそういうことをせずに、物腰の柔らかい青年だったが、みんながみんなそういう人物ではないだろう。


メリッサやヒューベルトが目撃したとなると、そういう人物も闊歩していて、もし遭遇したらピンチに陥るのは間違いなかった。


「〈それならやはり、危険ではありますが別行動のほうがいいかもしれませんね。チームとしては先程と同じ、ヒューベルトさんとメリッサは一緒に、私は単独で先程の森の入り口辺りで待ち合わせというのはどうでしょうか?〉」

「〈それはリーシェさんが危険では?〉」


ヒューベルトがすかさず怪訝そうな表情を示す。一応私の監視兼護衛としてきている身だ、私の性格上無茶なことをすると把握されているからこそ難を示しているようだった。


(でも、ケリー様に比べたらまだそこまで頑なではないから、どうにか説得できるだろう)


クエリーシェルだったら絶対何が何でもダメだ、と言われるだろう。今は彼がいなくてちょっとよかったかもしれない、と思いながらヒューベルトの説得のための提案をする。


「〈大丈夫です。私は身軽ですし、むしろ大きい荷物はお任せしちゃう形になるので、そっちのが申し訳ないです。……それに、もしどちらかになにかあった場合、どっちかは助かる形になりますし。それと、実際に何か問題が発生した場合は、煙を上げて合図を出してください〉」

「〈煙、ですか……〉」

「〈えぇ、狼煙のろしという他国で使われる伝達手段なのですが、火を起こしさえすればわかりますので〉」

「〈なるほど……〉」


ヒューベルトは逡巡している様子を見せたあと、はぁ、と大きく溜め息をついた。


「〈まぁ、リーシェさんのことですし、俺がここで何か言ったとしても色々言われて丸め込まれるのはわかっているので、その案でいきましょうか〉」

「〈ありがとうございます〉」

「〈……否定されないんですね〉」

「〈あはは……〉」


図星を指摘されて思わず苦笑いだ。だいぶヒューベルトにも私の性格を見抜かれてしまっているようで、ちょっと気まずい。


「〈行くなら早く行こう。ここに留まってたら何か言われるかも〉」

「〈そうですね、ではそうしましょう。では、リーシェさん、くれぐれも無理なさらないように〉」

「〈わかってますよ。大丈夫です、簡単に死ぬつもりはないですから〉」

「〈そういうことではないのですが……〉」


ヒューベルトに呆れられながらも、手を振り合うとそれぞれ別れる。そして、私は人目を避けるようにサッと路地裏の方へ向かうのだった。

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