第42話 貧民街

「正攻法が厳しいなら、別ルートを模索するのがセオリーよね」


2人はあの大荷物を載せたラクダを連れているためにどこからの門を出る必要性があるが、私にはない。


となれば、わざわざリスクを冒して門から出るよりも、どこかの壁や屋根から隠れて出てしまうのが一番である。


だが、どこを見回してもさすがに大都市。どこの壁もとても高く、また損傷も見当たらない。


ずっと見て回っているのにここまで割れた壁や傷のない壁を見るに、定期的にメンテナンスしている上に、破損箇所が見つかり次第直しているということだろう。


「うーん、どうしようかなぁ……」


壁の周りを歩きながら考える。さすがに壁沿いは人がまばらで、それとちょっと雰囲気的に治安もさしてよさそうではないので、なるべく目立たぬように気をつけながら歩いた。


いくら大都市といえど、全員が全員潤っているわけがない。ここにいる壁沿いは貧民街なのか、みんなメインストリートとは違って貧相な身体に貧相な衣服を身に纏っていた。


臭いも正直あまりよろしくなく、虫もわいているようで見た目もこの一帯辺りは汚い。


そしてやけに子供が多く、親に捨てられたのか、子供だけで集まって行動しているグループが多いように見えた。


(交易で栄えているとは聞いていたけど、貧富の差が随分と激しいようね。ということは、きちんと機能していない部分がありそうだわ)


帝国が介入しているせいというのもあるかもしれないが、ここまで目につくほど人数が多いとなると元からそういう人々が多いのだろう。


ということは、この街を治めている貴族はそういった管理ができていないことが想像できる。


こういう貧民街を作るということは、すなわちよからぬ分子を生むことだ。領主であればこういった危険因子は取り除き、皆が幸せに暮らせるように尽力するものだが、ここの領主はそうではないらしい。


きっと権力を笠にきて、貴族という仕組みがきちんと理解できていないのだろう。察するに、ここの領主は自分の私腹を肥やすためだけに尽力しているに違いない。


(ケリー様の爪の垢を煎じて飲ませたいわ)


クエリーシェルの統治している街とは大違いだわ、と思いながらゆっくりと歩いていると、不意に私の前に何人かの子供達が立ち塞がった。


「〈お姉さん、お金持ってない?〉」


(これは、恐喝なのか?)


思わず直球の質問に戸惑う。


「〈えーっと、私は旅の者で同行者がお金の管理をしていて、私は持っていないの。だから、ごめんなさい〉」

「〈本当? だったら、その同行者のところに連れて行ってよ〉」

「〈それは無理よ。そもそも私達もその場その場で稼いでいてそんなにお金を持ってないし〉」

「〈じゃあ、そのヒジャブをちょうだい?〉」

「〈それはちょっと……〉」

「〈だったら羽織り布をちょうだい〉」

「〈それも困るわ……〉」


こう言ったことに慣れてなくて、たじろぐ。まさか追い剥ぎのように自分の持ち物を持っていこうとする人がいるなんて思わず、しかもこんなにしつこく食い下がられることも初めてで、相手が子供にどうしようかと困惑した。


(ここは逃げるのがいいかしら……)


子供達はいつのまにか人数が増え、私をぐるっと囲んでいた。さすがに小さいといえど、多人数にじりじりと迫られると恐怖心が湧いてくる。


ヤバい、このままだとまずい、と急いで逃げ出そうと思ったときだった。走り出そうと蹴り出した脚に思いきり縋りつかれ、地べたに転がる。


「〈きゃ!何するの!〉」

「〈みんな今だ!〉」


掛け声と共に、わっと一気に子供達が群がり、私の服や布を引っ張ってきた。まさか実際に追い剥ぎなんてされるとは思わず、必死に服などを掴んで抵抗する。


けれど子供達も容赦なく、私に殴ったり蹴ったりしてくる。子供達も生活がかかっているために必死なのだろう、私はどうやってこの場から脱することができるのか考えていた。

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