第9話 師匠

「はっ!」


ガバッと勢いよく起き上がる。見慣れない風景。だが、こじんまりとした小屋のそれは、どうにも現実のようだった。


「生きてる、私……」


海に落ちてそのまま波に流されて、とにかく海中に引き摺り込まれないようにと必死に足掻いたがどうにもならず、ただ先に気を失っていたヒューベルトを引き寄せたあと波に飲まれたことまでは覚えている。


それからあの姉様のいる空間に行って、それから……。


(ここはどこなのだろう)


住まいにしてはこじんまりとしているし、山小屋や海小屋にしては大きい気がする。自分の服を見ればいつのまにか着替えさせられていて、見たこともない服を身に纏っていた。


たった今まで寝ていたベッドも簡易ではあるものの、ちゃんとベッドとしての機能があるようだ。ということは、それなりの生活が送れるようになっている小屋なのだろう。


「〈……起きたの〉」


声のするほうを見れば、子供が1人立っていた。まだ6、7つくらいだろうか、アルルと同じくらいに見える。濃い赤毛で、薄い茶色がかった瞳。女の子だろうか、男の子だろうか、中性的な見た目をしていた。


「〈えっと、助けてくれたの?〉」


鈍った頭をフル回転させてモットーの言葉を引き出せば、その子はモットーの言葉で返されると思っていなかったのか、はたまた私が話しかけてくると思わなかったのか、大きく身体をビクつかせていた。


「〈ごめんなさい、びっくりさせるつもりでは……〉」

「〈じーちゃん、呼んでくる〉」


そういうと、子供はパタパタと駆け出し部屋を出て行ってしまった。


(じーちゃん?)


ここの主人だろうか。勝手に出歩くのも憚られて、とりあえず先程の子が戻ってくるのを待った。


「〈おぉ、起きたか。さすが、年を取っても相変わらずと言ったところかのう〉」

「〈し、師匠!??〉」


子が引き連れてきた老人に見覚えがあるかと思えば、かつてモットーで世話になった気功の師匠だった。


まさかこんなところで再会するとは思わず、不躾ながら呆然としてしまった。


「〈まだワシを覚えておったか。あの時はヤンチャで幼かったが、今も無茶ばかりしておるのかの?〉」

「〈え、っと……それは……〉」


上手く答えが出せないでいると、師匠が口元を緩ませ笑い始める。


「〈はっはっは、意地悪が過ぎたかな。色々お主の国のことも聞いておるが、とにかくステラが起きて良かった。だが、まさか本人だとはな。他人の空似かと思うたが、世界は狭いのう〉」

「〈確かに。まさかこうして再会するだなんて〉」

「〈びっくりはしたがな。この子、メリッサが海辺に何かがいる、というから見に来てみたらどうにも見覚えのある小娘が打ちあがっていたからな〉」


海辺に打ちあがっていた、ということは、どうにか海流に乗ってモットーまで辿り着いたということか。改めて自分の悪運の強さを実感した。


「〈キラキラしてるのが見えたから〉」

「〈ん?キラキラ?〉」

「〈……ん。売れると、思って〉」


指差された先は私の手首。そこにはクエリーシェルから誕生日にもらった銀のブレスレットがあった。


「〈あ、これ……〉」

「〈そのキラキラが見えたから、引っこ抜こうと思ったら貴女がいた〉」

「〈そ、そうだったの……〉」


どことなくとっつきにくいというか、微妙な間合いとテンポで話す子だな、と思う。どう考えても師匠の子には見えないが、親類か何かだろうか。


「〈ついでにもう1つの腕輪を見て確認させてもらったが、今はコルジールにいるのか?〉」

「〈え、師匠。コルジールを知っているの?〉」


まさか師匠が遠く離れたコルジール国を知っていた事実に驚く。すると、はっはっは、と師匠は朗らかに笑った。


「〈ワシをなんだと思っておる。元国王だからな、それくらいは知っておるわ〉」

「〈え、あれ!?師匠ってモットーの国王だったの!??〉」

「〈なんだ、お主。ワシがただの気功術が好きな老いぼれだと思っていたのか!〉」


カカカカ、と快活に笑い始める師匠。幼かった私は気功術に長けたそれなりに偉いおじいちゃんだと思っていたが、まさか元国王だなんて知らなかった。


(そういえば、アーシャが師匠のことを王族がどうとか言っていたような気もするけど、すっかり失念していたわ)


「〈まぁ、あの時は息子の代に王権を譲渡したあとだったがな。だからしがない老いぼれとして隠居しておったんじゃが……〉」

「〈そうだった、んですか……〉」

「〈なんじゃ、急に敬語なぞ使いおって。むず痒いのう。ステラは多少は成長した、ということか?〉」

「〈ど、どういう意味ですか!〉」

「〈ははは、別に今更気を遣う義理もなかろうに。ワシはもう隠居した身。今まで通りの振る舞いでかまわんよ〉」


そう言われるとなんだか居た堪れない。だが、そうまで言われてしまうと敬語を使うのも他人行儀な気がして、以前と同様に振る舞うことにした。

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