第8話 お仕置き

つんつん、と頬を突かれて目を醒ます。


「また無茶をしたのね」

「……姉、様?」

「そうよ、貴女の姉様よ。お久しぶりね、ステラ」


以前と同じような白い空間。


やはり時が止まっているかのように、何もかもが不思議な世界だった。


「私、生きてるの……?」

「さぁ、それはステラ次第」

「どういう意味?」


今までとは違った姉の雰囲気に、思わず尋ねる。すると姉様は今まで見たことないような黒い笑みを浮かべた。


「今貴女はとても危険な状態、ってことよ。……ねぇ、ステラ。貴女に選択肢を与えるわ」

「選択肢?」

「もうここで全てを諦めて死を受け入れるか、それともどうにか抗って生き残るか。どっちがいい?」

「何を言って……。そんなの決まってるじゃない」

「本当?それって決まってることなの?」


まさか姉からそんなことを言われるとは思わず絶句する。この人は本当に姉なのだろうか、ただの幻想の紛い物ではないだろうかと今まで会った姉とまるっきり違う様子に戸惑った。


「何を言っているの、姉様。だって、姉様が……」

「そう、私が言ったから。それで貴女に呪いのように生きることを強要してしまったから。ステラが生きる意味ってそうでしょう?」


言われて口籠る。


図星だった。


私は、姉に言われたからこうして生きている。それは紛れもない事実だった。


「だから、もし私の言葉で生きようとしてるなら、もう苦しまないで」

「何よ、それ……」

「もう、ステラが苦しんでいるのは見たくないから」


最もらしいことを言う姉。だが、それはあまりにも残酷だった。今更もう死んでもいいだなんて。それはあんまりだと思った。


何のために今まで苦労してきたのか。


何のために心を殺して生きようとしてきたのか。


私の存在意義はなんだったのか。


沸々と怒りが湧いてくる。姉に対してこんな怒りを覚えるのは初めてで、身体が震えた。


「姉様の馬鹿!!!!私がどんな想いをしてきたと思っているの!?私が、私は、私……っ、姉様の言葉だけで生きてきた私に、今更それを言うの!?」

「ステラ……?」

「私を舐めないで!そんなただの木偶でくの坊ではないわ!!姉様がそんな風に思ってただなんて、信じられない!!!」


初めて姉に怒りを覚えた。そしてそれを全力でぶつけた。


正直こんな感情初めてで、どんどん自分の知らない感情が心の底から湧き上がってきた。


「私は!自分が世界を変えたいから生きているの!例え傲慢でもいい!!私が世界を変えられるなら!私で変えられるなら変えてみせたいの!!帝国なんかが治める世界ではなく、新しい世界を目指してるの!!!いくら姉様だからといって私を軽んじたら許さないわ!!!!!」


全力で叫ぶ。今まで出したことがないくらい大きな声で、必死に自分の想いをぶつけた。


胸がドキドキする。こんなにも興奮し、気持ちが昂ぶっているのは初めてかもしれない。マーラのときよりも激しく、苛烈な憤りだった。


「やっと自分の気持ちに素直になれたわね」

「……は?」


姉の言葉にトーンダウンする。先程から一体なんなのだろうか。


「命をすぐに粗末にしようとするから、ちょっとしたお仕置き。いざとなったら自害すれば世界が変わるとか、そんなこと考えていたでしょう?」

「な、何よ、急に。さっきまでそんな話は全然……っ」


突然、話があらぬ方向にいって困惑する。だが、私の動揺を尻目に追及してくる。


「いつも犬死には嫌だ、とか簡単には死なない、とか言ってるけど、人は簡単に死ぬのよ。それもちょっとした無茶でね」


心当たりが多すぎて、言い返すことができなかった。つい最近だって、無茶をすることでクエリーシェルに怒られたばかりだ。


「ちゃんとクエリーシェルさんの言葉を聞きなさい。すぐに無茶するのはステラの悪い癖よ」

「……ぅ、はい」

「貴女の行いによって傷つく人もいるんだからね。それだけはゆめゆめ忘れないこと。けれど、何でも前向きに考えることも大事。死ぬことは考えずに、このまま生きることだけを考えなさい」


死ぬことは考えない。だが、私の死はいざというときの切り札として考えていたのも事実だ。


私さえいなければ、皇帝は死ぬ。


だが、確かにそれは切り札でも何でもなかった。私が死んでも、帝国さえ残れば世界は再び混沌に包まれるだろう。


「意地悪言ってごめんなさい。でも、命を粗末にして欲しくないの。例え私からの呪いだとしても、強く前向きに生きてほしい」

「何よ、それ。相変わらず自己中ね、姉様は」

「そうよ。私は意地が悪いと言ったでしょう?現実はつらく残酷なことも多いけど、きちんと目を逸らさないでしっかりと向き合ってね」

「それってどういう……?」

「さぁ、目覚めるのよ」


姉は答えることなく、私の背を押す。

落下する私の身体。そして、そこで意識は途切れた。

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