マーラの物語5

初恋だった。一目見た瞬間から、ワタクシは恋に落ちてしまった。


クエリーシェル・ヴァンデッダと名乗る素敵な男性に目を奪われる。逞しい体躯に整えられた御髪おぐし、そして深い彫りの入った顔立ちにキリッとした目元。


理想の人が現実に、今目の前にいる。……これはまさしく運命だと思った。


笑顔も素敵で、見た目によらず物腰も柔らかで、他の男性に比べてとても身なりもよく礼儀正しかった。聞けば、コルジール国では侯爵をしているという。ワタクシとも釣り合いが取れていると思った。


年はだいぶ上ではあるが、父様と母様の年の差に比べたらそんなさしたる問題ではない。


そもそも父様も母様も、結婚は愛さえあれば、女性は男性から愛されさえすればいいのだと言う。


だからそのために常に身なりを整え、可愛らしく愛想を振りまき、いついかなるときでも相手を立ててあげられるのが理想だと教えられてきた。


もう、ワタクシは母様が結婚した年になってしまった。


今まで、両親から結婚相手にと紹介こそされるものの、どれもこれも何かしら理由をつけられては断られてしまう。だから、それならば今度はワタクシ自らが選ぼうと思ったのだ。選ばれる側ではなく、選ぶ側として。


本来呼ばれてはなかったけれども、無理を承知で割り込んだ文化交流会とは名ばかりの多人数お見合いに参加したのだ。


そのため、この日のためにコルジール語を勉強し、両親に頼み倒してどうにか忍び込ませてもらったのだ。


そしてワタクシは確信した。彼に出会うために生まれてきたのだと、この時のために今まで断られ続けてきたのだと。だから、この人以外考えられない、そう思ったのに。


「ちなみに、クエリーシェル様は今回のお見合いの参加者ではありませんので、申し訳ありませんが……」


邪魔してくる謎の女。大して可愛くもなければ美人でもない。スタイルも悪ければ、若いわけでもない女がワタクシの邪魔ばかりしてきて、正直目の上のタンコブだった。


これは思い切ったことをせねば、と彼の部屋に侵入しようとしたがさすがにそれは叶わず。


だったらいっそ船に乗り込み、押しかけ女房をすればいいのではないかと、ワタクシは今まで何とでもなってきたという謎の万能感とまるで冒険譚の主人公にでもなった気分で船の中に忍び込むため荷物に紛れ込んだ。


だが、入ったはいいが、そういえばこの船はどこに向かうのか?と気づいたときにはあとの祭りだった。


下手に身動きも取れず、むさ苦しい男達ばかりがうろつき、クエリーシェル様の姿を探せど見当たらず、外に出るに出られなかった。


恐い。


今まで何かあれば両親やアーシャ様に頼ることが多かったが、今は彼らもいない。初めてそこで、私はこの船では何もできないただ孤独な存在であり、後戻りもできないとんでもないことをしでかしたと気づいたのだ。


だからといって海上を進んでしまった船の中、泳ぐこともできなければ今更みんなの前に出るわけにもいかない。


よくアーシャ様には何事も真っ直ぐすぎて周りが見えていないときがある、と言われたことがあるが、まさしくその自分の悪癖によって窮地の状態に陥っていた。


(こんなときでもお腹が空くなんて)


そうは思っても空腹はどうにもならず。しかも、どちらかというと燃費が悪いワタクシは、たっぷり食べないとすぐに空腹で動けなくなってしまう。


だからワタクシは、とっぷりと日が暮れた夜中にこっそりと忍び込んだ箱から抜け出して、隠れながら空腹を満たすため食糧庫を漁り、また箱に戻る。


そんな、まるで盗賊のような日々を過ごしていた。


正直こんなことをせねばならない自分が惨めではあったが、クエリーシェル様がどこにいるかもわからない状態では、どうすることもできなかった。


身なりも気になるが、自分ではどうしようもなく、たまたま入った部屋に女性物らしきものを見つけては取っていく。


それでも今まで侍女などに任せて自分で何もせず、覚えることすらしなかったワタクシは、物が手元にあったところでどうすることもできなかった。

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