第84話 油断
キン……!カン、……っざぁ……キンキン……っ!!
剣がぶつかり合い、金属音が響き渡る。
さすがに戦闘は不得手だというわりには、前国王なだけあって剣術はそれなりに長けていた。
実際、寝室に侵入したときにブランシェに返り討ちにされたくらいだ。力の差で言ったら、男女差はもちろんあるだろう。
だから私が彼に勝つためには、頭を使うしかなかった。
「【く、ははは!随分と威勢がよかったわりには守りばかりではないか!】」
ガンキン、ガンガンガン!
剣技はないぶん、力で畳み掛けるように一回一回の斬り付けが重い。さすが大振りな剣を振るっているだけはあって、私が持つ細身の剣では防ぐので精一杯だった。
「【どうした、どうした?チャンバラごっこでもする気だったのか?……今すぐそのやかましく鳴く口、聞けなくさせてやろう!!】」
そう言って、大きく剣を振りかぶる。勝利を確信したのか、笑みを隠しきれない表情で見下ろされる。
だが、私はこの隙を待っていた。
(今だ!)
すかさずしゃがみ込み、ガラ空きになった腹部目掛けて勢いよく峰打ちをする。
「【うぐっ……】」
油断していたからか、急所に上手く入れることができた。そしてそのまま軸足を蹴り込むと、峰打ちによってふらついた身体は、そのまま倒れ込んだ。
「【ぐ、あ……っ!】」
「【勝負、ありましたね】」
未だ手に持っていた剣を使えなくするために、手首を思いきり踏みつける。……さすがにこれぐらいは許されるだろう。
いくら私の力とは言え、手首を思い切り踏みつけられたことで握っていられなかった剣はカラン、と手から離れ、一先ずホッとする。
(何か縛る物持っていたかしら)
とりあえず、スリングで縛ればよいか、と乙女の嗜みからスリングを出すために一瞬視線を外したときだった。
「っきゃ……っ!……っぐ、うっ……」
突然服を引っ張られ、バランスを崩す。そして、ふらついている背中をいつの間にか起き上がっていた前国王に勢いよく蹴られて前に倒れ込む。
受け身を取れなかったせいで顔も強打し、装飾していた部分が皮膚に食い込み、痛みが滲む。
「【思いあがるなよ、小娘ふぜいが……!お前に、私がどれほど辛酸を舐めさせられたかわかるか!?この!私が!国王だった!私が!!】」
「っぐ、が……っ!!んぐ、……がはっ!!」
何度も何度も背を蹴られる。起き上がろうにも、服を踏まれていて身動きが取れず、私はただ蹴られるしかできなかった。
「【は!しょせんはこの程度。男の力には勝てぬくせに、女が調子づきおって。女は黙って男様に付き従えばいいのだ!!】」
身を起こそうにも、どうにも腕に力が入らない。ただ、息をするだけで精一杯だった。
「……っぐ、……っつ……ぅ……!」
髪を鷲掴みにされ、引き起こされる。ぶちぶち、と髪が切れたり抜けたりしているのがわかるが、力の入らない身体ではどうすることもできず、ただされるがままだった。
「【殺せぬのが残念だが、まぁいい。バレス皇帝への手土産にはできるだろう。さぁ、さっさと歩け。私はあまり気が長いほうではないからな。その首、今すぐ叩き斬ってもよいのだぞ】」
いつの間にか拾っていたらしい剣を、首筋に突きつけられる。じりじりと肌を撫でるように当てられて、ちりちりと小さな痛みを感じた。
(あぁ、私はこういうときになんて無力なのだろうか……)
力もない、解決策もない、ただされるがまま。己の無力さに反吐が出る。
(お願いだから、動け……私の身体……!今動かなくていつ動くの……!!)
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