第83話 逃走

「【待ちなさい!!】」

「【っく!相変わらず忌々しい小娘だ!!】」


減らず口を叩くものの、逃げ足だけは速いようだ。土地勘もあるだけあって、思いも寄らぬところを通りながら逃げていくので、こちらとしてもついていくので精一杯だった。


(何か、この状況を打破するものは……!)


一応“乙女の嗜み“は持ち合わせているものの、さすがにこの状況で前国王夫妻に向けてスリングを使うのは危険だろう。


(さすがに、この格好でずっと追いかけ続けるのもそろそろしんどいわね……)


体力に自信はあるものの、慣れない格好で動くのはなかなかに厳しいものがあった。さらに、彼らを追いかけるために咄嗟の判断ばかり迫られて、予想外の動きばかりしているのもなかなかにつらかった。


本人に向かって投げるのは危険。だが、このままでは差は広がるばかり。……はて、どうしたものか、と考えたときにふと閃く。


ーーでは、スリングを別のところに向けて使えばいいのではないか、と。


「ケリー様!このまま彼らを追ってください!」

「何をする気だ!?」

「目眩しをします!!」


そう言っていくつかの近くに落ちてる石を拾ってスリングに仕込んで素早く振り回す。そして、遠心力でぐるぐると回すと彼らの走る先の頭上に向かって石を放った。


ガン、ガン、ガガガガン…………っ!!


「【きゃっ!ま、前が……!!】」

「【な!何だ……っ!!】」


城壁が石でできていることを利用して、外壁をスリングで削ったことで煙幕がわりにしたのだが、きちんと作用したようだ。


「【っく!こんの小娘が……!】」

「貴方の相手は私がしよう!」


追いついたクエリーシェルが、彼らの前に立ちはだかる。ずぅん、と壁のように立ちはだかる大男を目の前に、気圧されたのか前国王が顔を青ざめさせている。


「【くそ、くそくそくそくそ……!私は、こんなところで終わる王ではないのだ!!】」

「【あ、貴方……!?きゃあ!!!】」


そう言うやいなや、近くにいた前王妃をクエリーシェルの前に力強く押し出す。そして、バランスを崩した前王妃はクエリーシェルの前に倒れ込んだ。


「【すまぬ、ドゥラ!これも私のためだ!】」


言いながら、脇目も振らずに再び逃げ出す前国王。自らが助かるがために自分の妻さえも犠牲にする姿に、呆れと共に怒りがわいてくる。


(こんな男がゴードジューズ帝国など行っても、サハリがペンテレアの二の舞になるだけだわ……!)


それは、何としても阻止せねばならない。


「ケリー様!前王妃様の拘束をお願いします!」

「まっ!待て!!ここは私が!」

「ダメです!ここは私が……、私しか手出しができない案件です!!」

「だが……!リーシェ!!!」


クエリーシェルの静止を振り切って、前国王を追いかける。


これは皇女として、国を統べる者だった者としてのプライドの戦いだった。個人的にももちろん許せないが、唾棄だきすべき行為を、かつての王がしていることに憤りを感じるのであった。


「【待ちなさい!!もう諦めて降伏しなさい!!】」

「【……っく、しつこい女だ!!!】」


追いかけているのが私だけだとわかったからか、急に立ち止まる前国王。そしてこちらを見ると、ゆっくりと腰に下げていた大振りの剣を引き抜いた。


「【ふん!小娘1人くらい、私の手でどうにでもなる。ちょうどいい、帝国への手土産として持ち帰ろうではないか!何、腕の一本くらいなくたって差し支えないだろう!!】」

「【随分と舐められたものね。その思い上がり、今すぐ叩き折ってあげるわ!】」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る