第40話 エスコート
「【おはようございます、ステラ様】」
「【おはようございます……】」
まだ多少の眠気はあるものの、客人として迎えられている以上そんなことは言っていられない。とりあえず、カジェ国ほどではないものの、ぞろぞろと入室してきた侍女達に取り囲まれてお世話されていた。
「【あの、随分と念入りな気がするんですが……】」
「【えぇ、それはもちろんですわ】」
(何がもちろんなんだ……?)
何かやらかして……はいるけど、こんな風にされる覚えはない。とはいえ、下手に抗うこともできずにされるがままだ。まぁ久々に身体を清められて、サッパリして気持ちがスッキリしたのも事実である。
肌は丁寧に隅々まで水拭きされて、汚れや汗などを落とされる。髪もじゃぷじゃぷと大きな水を張ったタライで洗われ、潮やらゴミやらを除かれながら綺麗に洗われていく。
こちらでは髪を下ろすスタイルが一般的なので、丁寧に何度も櫛で髪を梳かれる。船上ではゴワゴワしていた髪も今やサラサラとなているのだから技術の素晴らしさに感心すると共に感謝である。
身綺麗にしてもらったあと、こちらの民族衣装ガラベーヤを着せられる。そしてサハリ流の化粧も施されたあと、スカーフを巻かれて完成だ。
「【さすが、お美しいですわね。王もお喜びになられますわ】」
随分と褒められるなぁ、というかそもそもなぜブランシェが喜ぶんだろう、と思いながらも適当に礼を言いながら相槌を打つ。彼女達はブランシェを尊敬しているらしく、この支度中、彼のことをずっと褒めている。
手腕が素晴らしい、国の優れた導き手、我が国の太陽……よくもまぁ、ここまでバラエティに富んだ褒め言葉が出ると感心するくらいの褒めようだ。
「【ステラ様、こちらへ】」
身支度を整い終えたので、椅子から手を引かれて立たされる。鏡の前まで手を引かれて、己れの姿を見る。
(何ていうか、変わるものね……)
普段とは違った独特の化粧で、顔がまるでキャンバスかのように多色で彩られている。目元ははっきりと黒のアイライナーで縁取られ、唇もふっくらとしたような普段よりも厚く見えるような色味で強調されている。
だが、どれもこれもが干渉し合っているわけではなく、調和しているから不思議だ。きちんと髪の色と私の肌に合わせて色味を調整しているから違和感はない。
(というか、そもそも別人に見える)
「【では、我が王がお待ちですので】」
「【どうもありがとうございます】」
案内役の侍女についていく。ガラベーヤの肌触りのよさや刺繍の細やかさに感心しながら、周りの環境を確認するのも忘れない。
(石を切り出して作ったのだっけ)
以前見たときよりも多少風化されているものの、この日射の強さと砂嵐が激しいという厳しい環境の中でこの姿を維持しているのは凄いことである。
そもそもこの石はどうやって掘り出したのだろうか。そして、どうやって細工したのだろうか。当時はあまり疑問に思わなかったことが次々と気になっていく。
(って、まずは食事よね。確かみんなに会えると言っていたけど、みんな無事かしら)
さすがに嘘をつかれるということはないだろうが、それでも対面するまでは落ち着かない。彼らを危険にしてしまった責任もあるので、そういう意味でも居心地はなんとなく悪かった。
「【こちらです。もうすぐ我が王が参りますゆえ、こちらでお待ち下さい】」
「【ご案内、どうもありがとうございます】」
(ブランシェにエスコートしてもらう、ということかしら。それもそれで変な感じ)
クエリーシェルは今何をしているだろうか。ヒューベルトも慣れない環境で体調を崩していないだろうか。マーラも1人で初めての他国という環境で、心細くなっていないだろうか。
我ながらそわそわと落ち着かず、自分のことよりも彼らのことばかり気にかけてしまう。そして、色々とモヤモヤした気持ちが晴れないまま、彼を待っていた。
「ステラ」
呼ばれて顔を上げる。いつの間にかブランシェがそこにいて、考えに集中しすぎててまるで気付かなかったようだ。
「おはよう、ブランシェ」
「あぁ、おはよう。待たせてしまったか。すまなかった」
「いえ、いいのよ。私も先程来たところだし……」
相変わらずの物腰の柔らかさに調子が狂う。そもそも明るいところで見れば、さらになんていうかこう……イケメン度が上がったことを再確認させられる。
見れば見るほど、誰……?と言った感じだし、昔の面影は多少の癖っ毛くらいでほぼない。
身長も体躯も顔も性格もまるっきりの別人のようで、私を騙しているのではないか?とも思うが、そんなことわざわざしたところでどうしようもないこともわかっている。
「とてもよく似合っている」
「ありがとう」
「美しいな。想像以上だ」
「え、と……熱でもある?」
「まさか」
真っ直ぐに見つめられて、思わずたじろぐ。こういった圧はなんとなく耐えられない。というか、そもそも近くないだろうか。
触れられてはいないものの、体温を感じるくらいの距離。恐らく身体から発せられる熱を感じ取っているのだろうが、それくらい距離が近い。
「ひゃ……っ!ちょ、何してるの」
「はは、可愛らしい反応をするのだな。ほら、顔を隠すよりはこうして耳に髪をかけるのがいい」
「わかったから、触らないでよ。自分でできるから……!」
急にサイドの髪を掻き上げられて、耳にかけられる。不意打ちだったので、身構えることもできずに変な声が出てしまって、なんとも居た堪れない。
それを何が楽しいのかクスクスと笑われる。
(なんなんだ、一体……!)
「【陛下】」
「【あぁ、すまない。時間か】」
スッと視界に従者の人が入り込む。いつからいたのだろうか。今までのやりとりを見られていたのだと思うと、なんだか無性に恥ずかしい。
「朝食の時間のようだ。では、行くぞ」
「え、と……?」
手を出されて戸惑いながらブランシェを見る。すると、不思議そうな表情をされた。
「キミはエスコートされるのを忘れたのかい?」
「そうじゃないけど……」
クエリーシェルが近くにいなくてこんなに心細かったことはない。早く彼に会いたい。内心でそう思いながら、おずおずとブランシェの腕に自らの腕を通せば、満足そうに微笑まれて食堂室へと入っていくのだった。
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