第39話 調子が狂う

今回、誤解だったということで、すぐさまクエリーシェルやマーラ達は牢屋から開放し、それぞれ客人として客室へと案内するように手配をしてもらった。


そして、船も荷物も特に手出しはされてなく、全て無事ということで一先ずホッとである。


私も先程のメイド服から別の服に着替えさせてもらい、夜更けだということで謁見の間ではなく、彼の私室でブランシェと相対していた。


「いやいや、まさか本物が現れるとは思わなかった。数々の非礼を詫びよう」

「本当、こっちはコルジール国のクイード国王やカジェ国のアジャ国王の直筆の文書まで持ってきてるのに、疑われるとは思っていなかったわよ」


ぶつぶつと文句を言えば、「悪い悪い。死んだと思っていたからな」と謝られる。その姿が知っているブランシェとイメージがかけ離れすぎていて、なんだか居心地が悪かった。


しかも、いつのまにか他国語を扱えるようになっていたらしく、コルジール語で会話していただいてかまわないと言われて、なんだか拍子抜けである。


以前であれば、国に来た以上現地の言葉を話すべきだ!と主張していたにも関わらず、このような殊勝な行動に、正直本当にブランシェ本人なのかという疑念は拭えなかった。


「てか、別人じゃないの。どうしたの、それ」

「それ、とは?」

「そもそもそんな見た目でも中身でもなかったでしょ」

「あぁ、キミに言われたからだよ」

「は?え?」


そんなこと言ったっけ?と思い出す。古い記憶を引っ張り出してきて、だらしない身体をどうにかしろとは言ったような言ってないような……と記憶を呼び起こす。


「民に示しがつかないというのは確かにな、と思ってな。ステラが帰国したあと必死で色々頑張った結果がこれだ」

「なるほど?とりあえず、姉様が言ったことは正しかったようで何よりだわ」

「しかし、本当にキミは変わらないな」

「悪かったわね。よく言われるわよ」


ことごとく言われるとなんだか面白くない。実際に身長こそ伸びているけど、見た目や性格はあまり変わってないのだろう。何となく自覚もある。


「いや、悪い意味ではない。キミはそのままでいいと思う」


自己肯定されてなんだか面映い。嫌われていると思っていた相手からこんなことを言われることは想定外だった。


「それにしても、まさか脱獄をするとは。相変わらずキミは突拍子もないことをする」

「悪かったわね。こっちも必死だったのよ」

「いや、確かにそうだな。それにしても鉄格子を壊したり、僕を人質にとろうとしたりというのは実に面白い」

「最後は失敗したけどね」


まさか自分の計画が失敗したのは、我ながら不本意であった。ブランシェがここまで変化を遂げていることは想定外だったが、それでも自分の力が及ばず、捻じ伏せられたというのはとても悔しかった。


もしバレス皇帝の前でもこのような失態を冒したら、きっと私は無事では済まないだろう。今後はさらなる鍛え方をしていかねばならないと、私は心の中で誓った。


「てか、見た目もだけど、そもそものキャラ違くない?そんな感じじゃなかったでしょ。もっとこう、高圧的で不遜な感じで、色々見下してるような……」

「あぁ、そうだな。あの時は若かったのと、世間知らずだったのだ」


話題を変えると、どこか懐かしんでいる様子のブランシェ。確かに国王となったからか、見た目は貫禄が出ているし、物腰は柔らかい。


ロゼットがいたら理想の王子様!と喜びそうなほど、なんていうか書物に出てくるような理想の王子様の見本のようだった。


身長も私と大して変わらなかったはずなのに、今や頭2つ分違う。顔立ちも脂肪は綺麗に削げ落ちて、シュッとしている。私の見た目は変わっていないというのに理不尽である。


「そういえば、随分とセキュリティーが厳しかったようだけど、何か理由があるの?」

「いや、あー、何だ。詳しくは明日説明する」


急に歯切れ悪くなるのを不思議に思いながら、とりあえず眠いのも事実であるし、追及はしなかった。


「それで?私はどこで寝れば?」

「あぁ、キミは私の隣の部屋だ」

「隣……?」


国王の部屋の隣なんかでいいのだろうか。さすがにそこまでVIPな歓待を受けるつもりはなかったのだが。


「別に私はみんながいる場所でいいのだけれど」

「いや、そういうわけにはいかない」


キッパリと言われて戸惑う。本当はみんなに会ってお互いの無事を確認したかったのだが。……そして、できればクエリーシェルに一目でも会いたかったのだが、そういうわけにはいかないようだ。


「わかったわよ。とりあえず、そこで寝かせてもらうわ」

「あぁ、明日は国を見て回るつもりだからそのつもりで」

「わかったわ」

「そう、カリカリしないでくれ。キミのお仲間には明朝食事のときにでも会えるさ」

「別に苛々してたわけではないけど……」

「そうか?それならいいが」


(何だか調子が狂うな……)


ニコニコと微笑んでくるブランシェに落ち着かないながらも、「では、また明日。おやすみなさい」と部屋を出れば「あぁ、おやすみステラ。よい夢を」と返される。


(私、夢でも見てるのかしら……)


未だ現実とは思えなくて頬を引っ張るが、痛い。あぁ、現実かぁ、とどこか実感が湧かないながらも、あてがわれた部屋に行き、用意された寝間着に着替えると、考えることは放棄して就寝するのだった。

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