第24話 結婚観

「で?本が気になるのでしたら、いくつかお貸ししますよ」

「ステラがどうしてもと言うのなら、貸していただきますわ」

「いや、どうしても、ということはないですけど」

「!い、意地悪ですわね!」

「そもそも、言い方にはお気をつけくださいね?」


そんな応酬をしつつ、ロゼットから借りた本と自前の本をいくつか出す。普段あまり本を読まないのか、それともただに本好きなのか、目の前に出すとマーラは目をキラキラと輝かせた。


「本、お好きなんですか?」

「え!?ま、まぁ、好きではないけど、嫌いではないわ!」

「?」


言ってる言葉と表情がミスマッチだな、と思いつつも、特に何も追及はせずに「どれ読みたいですか?」と訊ねる。


「というか、コルジール語で書かれてますけど、読めます?」

「よ、読めますわよ!これでも必死に……っではなくて、きちんと勉強したので余裕ですわ!」

「そうですか。それならいいんですけど」


やはり意外なところで真面目なようだ。相変わらず素直ではないが。


「これはどういう作品ですの?」

「これは恋愛もの、こちらは冒険もの、これは日常もの、ですかね」

「なるほど。では、まずはこちらをお借りしますわ」


そう言って選んだのは恋愛ものの小説だった。ロゼットから借りた作品だ。


「それは借り物ですので、お汚しにならないでくださいね」

「わ、わかってますわよ!」

「あぁ、あと読むにしても今日はもう遅いので、明日からお読みになってくださいな」

「わかってますわ!もう、先程から小言が多いですわね!そんなことばかり言うから婚期が遅れるのですわよ!」

「別に、すぐにというか、結婚したいとも思ってませんし」


そもそも結婚できるとも思ってない、のだが、マーラを見ればこちらがびっくりするほど衝撃的な顔をしている。まさに驚愕、と言った顔だ。


「え?え?え?結婚なさらないのですか!?」

「今のところ、する予定はないです」

「今すぐでなくても!今後も!!?」

「うーん、生い立ちというか、現状できる要素がないですからねぇ」


実際後ろ盾のない元姫など、意味をなさない。用途として、これほどまでに無価値なものはないだろう。


いや、寧ろバレス皇帝を倒さねば、私は延々と追われる身。無価値どころか呪いを受けたも同然の不要物である。


「まぁ、お可哀想に……」

「可哀想、ですか?」

「だって、結婚こそが女性の幸せではないですか!」

「そうですかね?あんまりそんなこと考えたこともないですけど……」


姉のこともそうだが、正直結婚することにあまりポジティブなイメージはない。先日の領民の結婚式で多少はいいところもあるとの認識はしたものの、だからと言って急に「結婚したい!」という気持ちになるわけでもなかった。


「そもそも、結婚でどうして女性が幸せになると思います?」

「え、だってお母様も幸せだと言ってますし……。好きな殿方と一緒に子を成せるのは幸せなことだと……」

「でも、相手のことを好きになれるかどうかなんて確証がないですし、自分は好きでも相手が好きになってくれるとは限らなくないですか?」


権力を用いる家はどこも厳しい。繁栄をするために、自分と同じ地位、もしくは自分よりも高い地位、それか資産がある家と結びつきたいと思うだろう。


そこに当人達の意思はない。家の繁栄こそが全てで、恋愛感情など二の次だからだ。


「でもでも……!努力すれば、どうにだって……」

「努力したってどうにもならないことはあるのですよ。現に、私みたいに突然国が滅ぶことだってある。相性だって、マーラ様にもどうしても合わない方とかいませんか?そのような方と無理にお付き合いなさろうと思います?」

「…………」


沈黙するマーラ。若い少女に言い過ぎただろうか、と思いつつも、自分の意見を曲げる気はなかった。


「もちろん、結婚で幸せになる方もいらっしゃいますから、全てを否定はしませんよ。努力ももちろん大事です。ただ、全てが全て、幸せになるとは限らないという話です」

「ステラの話は難しいですわ……」

「そうですね。私はちょっと穿うがった見方をする偏屈ですから。さて、そろそろご就寝してください。まだまだ船旅は長いのですから。おやすみなさい」

「……おやすみなさい、ですわ」


ふっと燭台の火を吹き消す。隣で寝返りをうつのに耳を傾けつつ、今日は色々あったなぁ、なんて思いながらゆっくりと目を閉じると、いつの間にか意識はスッと消えていた。

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