第23話 躾

「……まだ起きてたんですか」

「えぇ。だって暇なんですもの。というか今まで何なさってたの?人には夜はうろちょろするなと言いながら、自分だけなんてズルいですわ」


本日から同室ということで、私の隣のベッドにマーラが陣取っている。部屋を見渡したが、特に何か荒らされてる様子もないし、私が不在の間に何かしてたというわけではなさそうだ。


「私は自衛できますし。一応コルジール国王からの命で来てる身分ですので、さすがの皆さんもその辺の分別はあるかと」


実際念のために乙女の嗜みは身につけているし、悪漢退治に関してはいくつかの技は習得している。一応船長もあれでも気にかけてはくれてるようで、船員にちょくちょく声かけはしているようだ。


「もしかして、あの殿方と密会ですか?」

「は?」

「もぉ、隠し立てなさらなくても結構ですわよ?ワタクシ、そういうのに目敏いんですから!」


マーラは自信満々に言っているものの、思い当たる人物がいなくて頭を傾げる。


(ケリー様のことを言ってるわけじゃなさそうね)


クエリーシェルのことだったら、恐らくこんな風に指摘することはないだろう。であれば、誰のことを指しているのだろうか。


「んもう、もったいぶられて!あの、細身のお方ですわよ!名前は存じませんが、確か手袋をなさっている……」

「もしかして、ヒューベルトさんですか?」

「えぇ、その方!」


ぱちんと手を合わせてはしゃいでいるマーラ。目をキラキラと輝かせてるサマは、年相応だ。そして、恋愛話は万国共通で年頃の乙女にウケがいいらしい。


「お付き合いとかなさってるんですか?もしかして、秘する恋とか……?姫と騎士の恋!なんて素敵なんでしょう!ささ、その辺のお話を詳しく……!」

「いや、盛り上がってるところ申し訳ないですけど、ヒューベルトさんとはそういうのではないですから」

「またまたー!別にワタクシに隠さなくたってよいですのよ?」

「ですから、勘違いですって」


無用な押し問答のあと、くどくどと説得すれば渋々と言った様子で引き下がってくれるが、思いの外めんどくさい。


「では、どうして食事の際とかあのように仲睦まじく?」

「別に仲睦まじくしてたつもりはないですけど。うーん、強いて言えば主治医のような役割も担っているというか……」

「主治医?……やっぱり、ステラって本当は姫でないでしょう。貴女、一体何者なの」


疑いの眼差しを向けられるものの、何者かと聞かれても正しい答えは自分でも出せそうにない。


「正確には元姫ですけど、何でも屋も担ってると思っていただければと」

「意味がわかりませんわ……」


(ですよねー)


まぁ、そう言うのも無理はないだろう。自分でも意味不明なのだから。


「そういえば、これ!面白いですわね!!」

「ちょ、いつの間に漁ったんですか!?」


ゴソゴソと何やら取り出して来たと思えば、マーラの手には本。それはロゼットから借りていた本だった。


「だって1人では暇でしたもの」

「相変わらず手癖が悪い」

「手癖……って!人聞き悪いことおっしゃらないでちょうだいな!」


ぷんぷんと憤慨しているようだが、実際人の持ち物を荒らしてる時点で上品とは言えないだろう。彼女はちょっとその辺りのハードルが低いように思えた。


「いいですか。人の物は人の物なんですから、勝手に触ってはいけませんよ。勝手に持って行くのは泥棒って言うんです」

「ちょっと借りたくらいで大袈裟すぎますわ」

「そこ。そういう思考は盗人猛々しいと言うんですよ」

「まぁ!本当失礼ね!!」

「言っておきますけど、そういう行為をするような女性を好きになる殿方は、我が国の貴族にはいないと思いますよ」


ガーン!という表現がぴったりなほどショックを受けた表情をするマーラ。先程までの勢いはどこへやら。しゅるしゅると怒りが萎んでいくのがわかる。


(クエリーシェルには悪いが、利用できるものはしておかなくては)


「え、それは、困りますわね。え、と……クエリーシェル様も?」

「恐らく、というか確実に、はしたない行為だと思われますよ」

「!!!!」


なんてこった!というのが再び表情にありありと出るマーラ。うん、これは効果的なようだ。


「そ、そうですか……」

「えぇ。ですから、まずはお声かけしてください。貸しますから。無断で漁って持って行くのがダメなのですから」

「わ、わかりましたわ。今度からステラに言えばいいのですのね」


とりあえず納得してくれたようでホッとする。クエリーシェルには申し訳ないとは思いつつも、今後もマーラの躾のためにも彼を利用させてもらおうと密かに思うリーシェだった。

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