第18話 ワガママ娘

服を着替えさせ終えて、今度は髪に取り掛かる。水を一旦入れ替えてから、彼女をベッドに横倒させると、移動させた机の上に置いた桶に髪を浸した。


そしてチャプチャプと、水中で髪が傷まないように注意を払いながら、綺麗に何度も塗られたであろう香油を洗い流していく。


「アーシャ様って普段どんな感じなの?」


さすがにずっとされるがままなのは飽きてきたのか、不意に話しかけられる。しかも内容がアーシャのことで、多少逡巡しつつも下手に嘘をついても仕方がないと思い、率直な意見を口にすることにした。


「え?意地が悪くて、性格が捻くれていて、やたらとお節介焼きで……」

「それ、アーシャ様のイメージと全然違うんだけど……嘘ばっかりつかないでくださる?」


私は自分が思った通りのことを言ったつもりだが、やはり普段のアーシャは猫を被っているらしい。


「ちなみに、マーラ様のアーシャのイメージはどんなです?」

「それは……!常に美しく優しくて慈愛に満ちていて、まさに女神のような方ですわ!!」

「はぁ、そうですか……」

「聞いておいて、その反応はどうなんですの!?」


反応が面白い、というのもあるが、つい粗雑な反応をしてしまう。まぁ、まだそれは自分が心を許していない証拠であるのだが。


だが、こうしてよく彼女を観察してみると、気位は高いものの案外話はわかるようだし、素直な部分もある。それにお喋り好きなようだった。


(そういえば、アーシャがマーラは遠巻きにされてたと言ってたっけ)


この様子から察するに、きっと普段彼女は身内以外の人間との付き合いをほとんどしたことがないのだろうと想像できた。


常に一緒にいるのは身内のみ。しかも甘やかしてくれるのみの存在ならば、身内以外の人とどのように接したらいいかの経験値が恐らく相当低いのではないだろうか。


この様子だと友人もいなかっただろうし、1人っ子のようだから、近しい年齢の人と話すことも一緒に過ごすこともほとんどなかったのだろう。


(そういう意味では、私は姉様もいたし、アーシャもいた)


その境遇は恵まれていたのかもしれない。私も彼女のような環境で育ったら、きっと今の私はいないだろう。


(私が正しいとは思わない。けど、彼女の境遇はあまりいいものではないのだろうか)


特筆していい子ではないとは思うが、悪い人でもなさそうだと思う。無駄なプライドの肥大は恐らく環境のせいだろうし、こうして分別なく相手の気持ちを慮れない性格なのはきっと育て方から来ているのだろう。


(人間、環境って大事ね)


生かすも殺すも人次第。だったら、せっかくの機会だし、この旅で少しでも彼女が変われる機会があればいいなとも思う。まぁ、とはいえすぐに歩み寄れるものでもないが。


「そういえば、随分と食糧盗んで行かれましたね。あれ、次の国へ行くまでの食糧でしたから、マーラ様には食事制限させていただきますよ。あと盗んだ分の働きはしていただきます」

「はぁ!?あ、あれは元々カジェ国のものでしょう?ならワタクシが食べる権利だって……!」

「ですから、貴女は密航者ですからね。その辺は弁えていただかなくては困ります」


ぐぬぬ、とはなっているものの言い返せないようで、急に大人しくなる。その間に一通り髪を水で洗い流し、タオルで水分を取る。


一応絡まってしまっては大変だと丁寧に何度も梳いてから香油を塗ると、本人もちょっと気持ちが和らいだのか、多少ホッとした表情をするのだった。


「あぁ、そうそう。香油を塗るのは結構ですが、あまり混ぜると臭くなるだけですからお気をつけ下さいね」

「臭っ!?ステラ、貴女今、臭いって言った!??」


マーラが目をひん剥いてこちらに食ってかかってくるが、実際に臭いのだから仕方ない。


「言いましたけど?そもそも系統が違うもの混ぜたらどうなるかくらいわかるでしょうに。量も加減しないと鼻がバカになりますよ」

「ば、ば、バカですって!!??」


相変わらずオーバーリアクションだが、自分でもズケズケと物申してる自覚はある。というのも、彼女はきっとはっきりと言わないとわからない性格であろうことが予想されるからだ。


「鼻がバカになったら嫌でしょう?鼻が効かなくなったら、食事も美味しくいただけませんよ?」

「な!……っぅぐ。そ、そもそもこの船自体臭いのがいけないのだわ!」

「それは船ですから、ある程度は仕方ありません。何なら今すぐ降ります?」

「!本当に意地が悪いわね!!」

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