第17話 呼び名
「本当に手荒ですわね、貴女!」
「それはどうも」
文句を言いながらも、やはり汚れは落としておきたかったのだろう。素直に身体を私に預けてくれている。
さすがに水は貴重なので丸洗いとまではいかないが、全身を拭き、髪を洗うだけでもだいぶスッキリするはずだ。
私はタオルに水を浸し固く絞ると、あまり力を強すぎないように気をつけながら彼女の身体を拭いていった。
「褒めてませんわ!そもそもこんなこと、本物の姫がすることではないでしょうに」
「そうですね。ですが、国が滅んだらやれることは自分でやらないと生きていけませんから」
私は元々、自分で何かをやることのハードルが低かった。だからこうして生き延びていられたのだという自負はあった。
クエリーシェルに拾われたことの幸運もそうだが、そもそも姉の「生きろ」という呪いにも似た願いを聞き届けるためには、自ら行動せねばならなかった。
「……そういえば、貴女の名は何て言うの?」
「え、私ですか?」
「そうよ。他にここに誰がいるって言うのよ。……あ、勘違いしないでよね!名前で呼ばなかったら面倒だからよ」
別に私は何も言っていないのだが、一々言い訳しないと気が済まないらしい。難儀な性格である。
「リーシェでもステラでもルーナでも」
「ず、随分と名が多いのね……!」
「本名がステラ・ルーナ・ペンテレア。ただの人の名がリーシェです」
「何それ。使い分けてるの?」
「うーん、どうなんでしょうね」
「なんなのよ、さっきから!」
別にはぐらかすつもりはないが、実際にそうなのだから仕方がない。曰く付きの人間だ、普通の感覚ではおかしい人間だと認識されてもしょうがないとは思う。
「どれも私の名なのでどれでも好きな呼び方で構いませんよ」
「……じゃあ、ステラね。それが姫の時の名なのでしょう?」
「えぇ、そうです」
「ワタクシには姫の知り合いがおりませんから、ステラがワタクシの姫の知り合い第1号になってもよろしくてよ?」
よくもまぁ、こんなにポンポンと言い訳が思いつくなぁ、と単純に感心する。
(発音にはちょっと難があるけれど、ここまでペラペラと独学でコルジール語を身につけているのだし、賢い方なのだろうな)
言い訳も想像を遥かに超えたもので、正直面白いと思ってしまうくらいだ。
「では、そういうことで」
言いながら、全身を拭いきったあとに軽く香油を手に馴染ませる。
彼女の身体は、いわゆる豊満な肉体と言っていいだろう。私の身体とは比べ物にならないほど胸も大きく、お尻もキュッと上がっていて、さらにくびれもある。私からしたら、実に羨ましい身体だ。
(いいなぁ、どうやったらこんなになるんだろう……)
食糧がかなり減っていたし、元々よく食べる方なのかもしれないが、それにしたっていい肉付きだ。
そんなことを思いながら手に馴染んだ香油を、前触れなく彼女の身体に塗っていく。
「ひゃ……っ!ちょ、塗る前に声かけくらいしなさいな!」
「失礼しました。香油を塗ります」
「もうわかってます!」
「はい、お手を出してください」
言えば、素直に手を出すマーラ。そこに、たらーっと香油を垂らす。
「え、な、何するのよ!って、ちょっと、なぜワタクシの手に香油を垂らすのです!?」
「あぁ、胸部とかは私が塗るよりもご自分でなさった方がいいでしょう?ということで、ご自分で塗ってください」
「ま、まぁ、……それなら仕方ないわね」
言われて渋々と言った様子だが、なぜか手に香油を乗せたまま固まっているマーラ。一体どうしたのだろうか。
「どうしました?」
「香油ってどう塗ればいいの」
「あぁ、手に馴染ませてから身体に塗っていくんですよ。まずはこうして、手を合わせて……」
教えると、素直に言うことを聞くマーラ。言動こそ素直ではないものの、こういうところは真面目なようである。
「あの、ステラ」
「はい」
「さっきは、その……ワタクシも少し悪かったところがなくはなかったかもしれないわ」
「?」
「だから!ワタクシも悪いところがあったかもしれないと言ってるのよ」
回りくどい言い方をしているが、どうやら謝っているつもりらしい。
「そうですか」
「そうですか、ってもう!ステラって本当に姫だったの!?」
「えぇ、まぁ。自国に帰国後、アーシャにでも聞いていただければと」
「あ、アーシャ様とお知り合いなの!!??」
「はい。一応、幼馴染です」
急に前のめりで食いついてくるマーラ。そういえば、アーシャ自身も彼女に気に入られていると言っていたか。
何となく機嫌がよくなってきたのを感じながら、私は香油を塗り終えると彼女に服を着せるのだった。
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