第2話 嵐の前に
「で、何をすればいいんだ?」
「荷物の搬送です。食材や日用品を濡れないように客室へ運んでいただければと」
「承知しました。すぐに取り掛かります」
「あぁ、ヒューベルトさんはお手を気をつけてくださいね。下手に化膿しても大変ですから」
包帯を巻いているとはいえ、海水は雑菌だらけだ。下手に触れて化膿しては大変だと念のため釘を刺すように伝えておくと、なぜか隣の大男が途端に不満気な顔をした。
「リーシェ、私も気遣ってくれ」
(え、何で?)
クエリーシェルに何か気遣うことはあるだろうか、と一瞬考えるも、これと言って気遣う要素はない。今は船酔いもしていないのだし、健康と言っても差し支えないのではなかろうか。
「え、と……。が、がんば……?」
とりあえず応援の言葉をかければ、とりあえず満足してくれたようで、各々作業に取り掛かる。
クエリーシェルはやはり身体が大きいぶん、大きな荷物を軽々といくつも運べて頼もしい。ヒューベルトは周りを良く見ているようで、誰かがうっかり忘れたものなどを指摘することなく自らが運んでフォローしている。
(こうして見ると性格が出るわね)
ニールとは些か違うものの、ヒューベルトもフォローを得意とする人なのだろう。そして、きちんと与えられたノルマは全て卒なくこなし、さらに過不足も考えて行動している。
また、人当たりもよいので、ニールと違ってコミュニケーション能力が高く人望があるようだ。
クエリーシェルはやはり元々の人嫌いの性質ゆえか、多少人との壁があるように感じる。悪い人でもないし、優しい人なのだが、どうしても相手の意図を無意識に詮索し、それに合わせて行動しているように思える。
(特に最近は、なぜかヒューベルトさんに張り合ってるような気がする)
私がアトピー性皮膚炎やアレルギーのことで気遣っているからか、やたらとヒューベルトに対して当たりが強い。
(別に心変わりとかしないし。てか、ある意味私が心移りするとでも思ってるのかしら。それはそれで失礼よね)
手を動かしながら思考を巡らす。ここのところ嫉妬なのか、やけに接触も多いし、やたらと周りを牽制し始めて動きづらいったらない。
(まぁ、嫉妬されるのは嫌じゃないけど、それはそれで困りものよね。ちょっと今後のこと考えないとな)
人目があるところでいちゃつくのは本意ではない。できれば秘して欲しいというのが正直なところだ。こういうのは文化圏の違いゆえの不一致なのだろうが、この擦り合わせは案外難しい。
ガタガタガタン……っ
「……ん?誰かいるの?」
何か動いた気がして辺りを見回す。ここには現在私1人だ。近くに他の人がいる気配もないし、一体なんだろうか。
(猫でも紛れ込んだかしら……?)
下手に手を出して引っ掻かれても困るので、そーっと見るが何もいない。一応、軽く木箱を叩いてみるが、反応はない。
(気のせいだったか……)
心霊の類いは信じていないので元からその可能性は排除しているものの、では一体何なのだろうかと考えても思い当たらない。虫であれば音が大きすぎるし、獣であれば猫や犬くらいしか思いつかないが、すぐに姿を現すはずだろう。
いっそ小動物がいたら癒されるかもしれないが、この船上で面倒を見るのは大変だと気付いて考えを改める。
(疲れているのかしらね。最近寝不足気味だったし)
ここのところ、ロゼットに借りた本を読むのに夢中になってつい夜更かしばかりしていた。赤道近くを通っていることもあって、日が長いのでつい比例して起床時間が伸びてしまっていたのだ。
(嵐が過ぎたら寝よう)
食材や調味料を客室の方に運び、戸締りをする。あとはタオルやシーツなどの日用品を濡れぬように、また包帯や薬などの衛生用品はなるべく陽の当たらずに揺れや振動が少ない場所に移さねばとパタパタとあちこちに駆けていく。
(食事も早めに済ませて嵐に備えよう。あぁ、仮眠できる人にはしてもらわないと)
どれほどの嵐になるかわからないが、備えておくに越したことはない。私は再び船長と話すために船長室へと向かうのだった。
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