4章【外交編・サハリ国】

第1話 航路

コンコン


ノックの音に顔を上げる。「はーい」とノックに呼応するように声を上げると、「リーシェさん、ちょっとよろしいでしょうか?」とドア越しに大きな声で尋ねられた。声的に、恐らく乗組員だろう。


不躾ではあるが、動くのが億劫なのでベッドに座ったまま返事をする。


「はい、どうしました?」

「航路のことでちょっとお話があるそうで、船長がお呼びです」

「わかりました!ちょっとお待ちください。すぐに向かいます」


呼ばれたなら仕方ない。読んでいた本に栞を挟んでベッドから立ち上がる。カジェ国を発ってから、2日。晴天続きで今のところ特に問題なく順調に進めている。


一応クエリーシェルもちょっとは船に慣れてきたようで船酔いはしていなさそうだが、甲板に出てなるべく外の風に当たるようには心掛けているらしい。ヒューベルトも船酔いに関しては特に問題はなさそうで、心強い限りだ。


「航路のことでお話とは?」

「こちらを見ていただけますか?」


船長室に行くと航海士と船長がいた。机を囲むように並ぶと、おもむろに机の上へ地図をバッと広げられる。端を卓上にあった適当なもので押さえると、現在いる船の位置に船の模型が置かれた。


「現在船はここにいまして、次のサハリはここです」

「はい」

「この先に以前おっしゃってた海流の速いところを避けていくのですが、見えますでしょうか。まだ遠いので見えにくいとは思うのですが……」


言われて外に出て、指された方向を見る。視力は比較的良い方なので、裸眼でも目視できた。


「あれは……積乱雲のようですね」

「えぇ、そうなんです。このまま行くとちょっとぶつかる可能性が。かと言って海流を避けないわけにもいかず」

「わかりました。あまり避けても時間がかかるだけでしょうし、このままあそこを突っ切って行きましょう。大丈夫です、荷物は増えましたが人員は精鋭ですしね。私もお手伝いさせていただきますので、なんなりとお申し付けください」

「ありがとうございます」


船長には、このまま突っ切るので嵐に備えて船員に準備してもらうよう手配してもらう。私は積乱雲の方向を眺めながら大体の計算をする。


(この速度であの視認できる距離なら、このあと数時間後にはぶつかるわね)


となると、支度せねばならない。まずは服を着替えて、濡れて困りそうなものはなるべく船室に入れるかどうかしないと。


(嵐か、嫌だな……)


雷を恐がるような可愛げはないが、船旅での嵐はいいことなど何もない。下手したら死者が出るし、今までそのような経験がないわけでもなかった。


一応、幼少期ではあるものの、船旅経験者として乗組員並みには動ける私が動かねば。


(ケリー様とヒューベルトさんにも手伝ってもらおう)


何事も早めに準備しておくに越したことはない。とりあえず今来ている薄手のチュニックを厚手のチュニックに変え、ホーズや革靴などを身につけて、物資の搬送で怪我をしないように手袋も嵌めておく。


髪もきっちりと結い上げて、さながら男装の麗人と言った様相になったが、そのままクエリーシェルとヒューベルトの部屋に行ったら、なぜか2人とも目を丸くしたあと同様に顔を押さえて俯いたのが不思議で仕方なかった。

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