第24話 食事会
「お食事のお作法はワタクシが教えますわ」
「あ、ありがとうございます」
遠くからでも聞こえるほど、クエリーシェルとマーラのやりとりがわかる。というか、無意識のうちにそちらに意識をやってしまっている。
先程まで、クエリーシェルの周りにはたくさんの女性達が一緒だったというのに、マーラが来てから蜘蛛の子を散らすようにいなくなってしまい、現在はマーラがクエリーシェルを独占状態だ。
この状況から察するに、この国でも彼女の存在は厄介であるということが想定される。
(あー、本当に連れて来なければ良かった!!)
今更、何度悔やんでも仕方がないとわかってはいるものの、そう思わざるを得なかった。とりあえず対策と共に、癪ではあるもののこういうことに関して何かしら助言をくれるアーシャに、あとで話を聞きに行こうと決めた。
「大丈夫ですか?」
不意に隣から声をかけられそちらを向くと、そこにはヒューベルトが座っていた。何故だかカジェ国の女性達は別の席に着いていて、彼の周りには誰もいなかった。
「えぇ、はい。大丈夫ですよ、ってあれ?お見合いの女性達は?」
「皆、私以外の人のところへ行ってしまいました」
苦笑紛れに答えているものの、どうにも不本意だという感じはしなかった。
そもそも彼はスラッとしてはいるが、軍人なのでそれなりには逞しいし、顔も切れ長の瞳で鼻筋が通っていて見目もいいので、モテる方だと思う。多少無愛想な印象はあるが、ニールに比べたら物腰も柔らかくて優しい印象だ。
そのため配偶者を探しに来て遠路遥々来ているというのに、このように女性を避けるというか寄せ付けないのは、ヒューベルトの目的が何か別のところにあるように思える。
(何となく、察しはついてはいるけど)
「そうですか。でも、私のところにわざわざ来なくても大丈夫ですよ?せっかくの機会ですから、ぜひカジェ国の女性方とお話ください」
「いえ、多少疲れてしまったので、こちらには休憩も兼ねまして。いくら学んだと言えど、常に他国語というのはどうにも慣れませんので」
言われて、確かにそういうこともあるかと納得する。
「自分が大丈夫だからと言って、他の者もできるとは限らない」ということを以前言われたことを思い出す。
(あれ、誰に言われたんだったっけ……)
遠い記憶すぎて靄がかかっているが、確か姉や両親など身近な存在ではなかった気がする。
(思い出せない……確か、他国の……誰だったっけ)
思い出せないことが悔しかったが、1人でここでウンウン唸って考えても仕方がないので諦める。あとでヒューベルトに言われた通り、休憩時間でも設けようかと、今後の予定に思考を移す。
「では、この食事のあと、少し休憩がてら皆様のお話を聞く会を開きましょうか。その後、それぞれ気に入った方々のお宅の訪問と交際の申し込みって流れに変更致しますね」
ある程度スケジュールは組み立ててはいたが、多少の変更の融通は利くだろう。
(あとで運営側の侍女に話をつけに行こう)
「そうしていただけるとありがたいです」
「いえいえ、ご無理をさせてしまって申し訳ありませんでした。配慮が足りず、すみません」
「いえいえ、お気になさらず。ところでこれはどのように食べるのでしょうか?」
「あぁ、それはですね……」
ナンを手でちぎって見せ、それをカレーにつける。こちらの郷土料理だが、確かにコルジールにはない文化なので珍しいだろう。
「手で……」
「えぇ。そうですか、手で……」
潔癖症なのだろうか、少々顔が引き攣っているように見える。まぁ、普段慣れない文化で過ごすというのは普通は難しいのだろう。
私は異文化交流に慣れていたし、そもそも他国の文化などに興味を持つことが多かったから、他の人に比べて異例なのは自覚しているが。
そういえば、普段もヒューベルトは手袋をしている機会が多かった気がする。今もなぜか手袋をしたままだ。何となくマナーなどに厳しそうなイメージがあったので、ちょっと意外である。
「お手が嫌でしたら、ナイフやフォークをご用意いただきましょうか?」
「そうですね、そうしていただけるとありがたいかと」
侍女を呼びつけてカジェ国語でお願いすると、すぐさま用意してくれる。さすが教育が行き届いている。
慣れたフォークやナイフが来たことに安堵したのか、少しだけヒューベルトの表情が和らいだ気がする。
「すみません、お手数をかけて」
「いえ。あの、失礼ですが、お手に何かお怪我とかされているのですか?」
こういうことは何となく放っておけないというか、気になったものに関してはつい癖で聞いてしまう。もちろん、根掘り葉掘りは聞かないようには心得ているが。
「あぁ、気になりますよね。えぇ、そんな感じです」
「そうですか。無理はなさらないでくださいね」
「お気遣いいただき、ありがとうございます」
あまり追及して欲しくなさそうなのを察して、素直に引き下がる。その後食事を終え、休憩を挟んでスケジュールを終えた頃にはとっぷりと日が暮れていた。
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