第20話 露天風呂
「とりあえず、私は先にお風呂に入って来ますので、その間はお寛ぎください」
「あぁ、あ!も、もちろん覗きはしないからな!」
「わかってますよ。その辺は信用してます」
「そ、そうか……」
ということで、テラスにある露天風呂にタオルや着替えを持ってやってくる。
「はぁ、これを着るのか……」
着替えを探すためにクローゼットを開けたはいいが、「な、に、これ……?」と絶望するしかなかった。クローゼットを開けて絶望したのは、クエリーシェルのクローゼットを開けたときと合わせたら2度目だが。
ほとんど長い布、布、布。一応着方はある程度知ってるとは言え、寝たら確実に乱れて朝大変なことになることは想定できる。起きてあられもない姿でクエリーシェルと対面するなど、死んでもごめんである。
そのため、布は諦めて他のものを探す。ほぼ布だらけだったので探すのは困難だったものの別のチュニックが用意はされていたのを発見した。だが、そのチュニックがめちゃくちゃ薄くて透けてそうだという事実にさらに絶望する。
本来このような寝間着ばかりでないことは承知しているため、わざわざこのような煽情的な寝間着ばかりを集めていることに頭が沸騰しそうになる。
(嫌がらせにしたって、もうちょっと考えなさいよ……!!!)
きっと私が焦っていることを想像してニヤニヤとニヤけているに違いない。きっとそうだ。そして、実際に焦っている私にも腹が立つ。
仕方がないと、とりあえずその中でもまともなものをひったくる。
(薄手ではあるけど、そこまで透けてはないからまぁ良しとしよう)
丈が短く、下履きがないのが腹立たしいが、言ったところで用意してくれなさそうなので諦めるしかなく、そのまま風呂場へと向かうのだった。
「……はぁぁぁ、いいお湯。景色もさすがのカジェ、絶景ね」
ということで、諸々はあとに考えることにして1人露天風呂にゆっくりと浸かる。
露天ということで、大きな囲いの中に掛け流しの大きな風呂釜があるのだが、頭上に満天の星空というのは今まで経験したことがないが、とてもロマンチックだ。
空気もカラッと乾いているお陰か、とても綺麗な星空に、以前クエリーシェルに教えてもらった星座を思い出しながら、指でなぞるように夜空に線を結んでいく。
(香り付けに香油も使っているのかしら。匂いもリラックスできるし、身体がポカポカして気持ちいい)
薬湯ではなく、恐らくこれは温泉だろう。濁っていてとろっとした肌触り。心なしか肌がつるつるしている気がする。
(クエリーシェルが喜びそう)
肌を馴染ませるように自らの肌に手を滑らせながら、そんなことを考える。風呂好きな彼だ。初めての温泉だろうから、きっととても喜ぶことだろう。
彼の喜ぶ顔が思い浮かんで、少し口元が緩む。最近の思考は戦争のことか、クエリーシェルのことばかりな気がする。
(極端過ぎるわね、私)
これが恐らく初めての恋だと思う。だからか、対処の仕方がわからない。気をつけていないと、好きという感情が溢れてしまいそうになるのを、今は必死で堰き止めている状態だ。
(クエリーシェルも同じみたいなことが、まだ救いだけど)
彼は彼でたまに抑えきれないときもあるが、大抵自重してくれている。
女性に比べて男性の方がそういう欲の発散は大変だとよく聞くが、クエリーシェルは特に誰か別の人で発散してる様子もなければ、そのぶん私にがっつき過ぎるわけでもなく、分別を持って接してくれていた。
(年……というわけではなく、きっと彼の気質なのだろうけど)
それと、過去の出来事のせいなのは間違いないだろう。義母にされたという性的虐待のせいで彼はどことなく無意識にそういう行為を避けようとしているのだろうと思う。
(だから、今まで私の力でもどうにかなっているわけだし)
理性を失くした獣のような状態になれば、さすがの私ではあのクエリーシェルの大きな体躯は防ぎきれない。だが、今も貞操を守っていられるのは何よりも彼が我慢強く、理性が備わっているからだ。
(って、私ったらずっと何を考えているんだか)
明日は早いという言葉を思い出して、パシャっと顔に湯をかけたあと、水面を揺らしながら風呂を出る。
明日は、コルジールとカジェ国の文化交流の1つである見合いだ。講義をしていた者としても、一応責任を負う部分も含めて気になるイベントではあった。
「明日が無事に終わるといいけど……」
そう独り言ちながら、化粧を落とし、髪や身体を洗う。不安が命中しないことを祈りながらも、経験上こういうときは大抵何か厄介ごとが起きることが多い。
(ダメダメ、そういう考えが引き寄せる可能性もあるんだから。そう、とにかく早く寝ないと!まずは寝ることが先決!……寝られるかわからないけど)
これ以上余計なことを考えないように、頭を振る。だが、風呂上がり後のことを考えると、結局鬱々した気分になるのだった。
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