第6話 ネタばらし

「では、ネタばらししますね」


そう言ってリーシェは立ち上がると、私の隣に立つ。そして、「まず、椅子から立ってみてください」と言われ、素直に従って立つ。


「はい、そこ。立つとき、前に頭を出しましたね?」

「出していたか?」

「はい。分かりづらいなら、私がやるので見ててください」


そう言ってリーシェが私同様に椅子に座り、ゆっくりと立ち上がる。そのとき、確かに立ち上がる際に身体を屈め、頭を前に出していることに気づく。


「そうだな、前に頭を出している」

「これ、立ち上がるときにはどうしても必要な動作なのです。テコの原理というのですが、重心の移動をしないと人は立てないんです。だから、頭をちょっと押さえるだけで立てなくなってしまいます」

「つまり魔法などでは……」

「ないです」


重心の移動、というのはよくわからないが、とりあえず魔法などではなく、そういう科学的な要素があるということはわかった。


(だが、なぜ腕相撲で私が負けたのか)


早く答えが欲しいとリーシェを見るが、「順番に説明していきますから」ともったいぶられる。


「まずは先程の件を魔法と言って、相手に心理的揺さぶりをかけます。ケリー様も動揺しませんでした?まさか、私が本当に魔法を使えるんじゃないか、と」

「あ、あぁ」

「そこがミソです」


ミソ、と言われてさらに混乱する。動揺することがどう関係あるのか、と。それを察したのか、リーシェが隣に座りながら寄り添ってくる。


「人は、精神的な動揺で正常な判断ができなくなってきますし、思考の方にリソースを取られてしまい、本来の力が発揮できなくなります」

「た、確かに」

「現にこうして、近寄られたり触れられたりするとドキドキしませんか?」


そう言いながら、まるでキスするように顔を近づけられて思わず生唾を飲み込む。


「とまぁ、人は精神的揺さぶりには弱いので、こんな感じで動揺すると、普段できることができなくなります」


すんでのところで口を手で押さえられ、お預けさせられる。少々不満ではあるものの、彼女が言ってることは理解した。


「そうなのか。……って、まさか、昨夜は今のようにはやってないだろうな?」

「やりませんよ。あんなところでそんなことしたら、さすがに大変なことになることはわかってます。そもそも、大多数の方々がお酒に酔われていたみたいですし」


なので、さっきの魔法のくだりだけをやりました、と言われて少しホッとする。確かにあの状況で女1人で煽るようなことをすれば、手篭めにされる可能性は十分にあった。


酒に酔ってて理性が効かないぶん、箍が外れやすい。しかも、多勢に無勢。


いくら他国令嬢として振舞っていたところで、欲に負けた獣が襲い掛かるともわからぬ状況を想像すると、いくらリーシェが色々な意味で強いとは言え、危なかったのは確かだ。


「とにかく、何事もなくて良かった」

「ご心配いただき、ありがとうございます」


微笑まれ、ホッとしたあとに、「それでですね」と本題の腕相撲の話に入っていく。


「酔っているぶん、揺さぶりの効き目は十分ありました。そもそも、周りもたくさん人数いたせいで、余計に場を盛り上げて混乱してくれましたからね。あとは、腕相撲のコツさえ掴んでいれば一瞬で片がつきます」


(腕相撲のコツ?)


そもそも腕相撲にコツなどあるのか?と思っていると、察した様子のリーシェがまた向かい合って座り、私の手を握った。


「ここでもテコの原理を利用します」

「どういうことだ?」

「力点を肩、支点を肘、作用点を手首で考えます」

「んん?」


難解な言葉が次々出てきて混乱する。


「とりあえず、脇を締めて、肘が肩よりも内側に構えます。そして開始と共に手首を曲げ、相手の手の平が上向くようにしたあと、自分の臍に引き寄せるように身体ごと腕を倒せばおしまいです」


ダン……っ!


先程と同じように腕を叩きつけられる。まさに一瞬の出来事ではあるが、再び同様に負けたことで効果的なことだと理解した。


「これがテコの原理です。釘抜きの要領だと思っていただければ分かりやすいかと。あとはちょっとした小技ですね。手の平をひっくり返されると単純に力が入りにくいので、そのように」

「はぁ、なるほど。ちなみに彼らが甲板掃除などしてるのは……?」

「あぁ、あれはただの罰ゲームですよ。罰ゲームとか入れるとさらに盛り上がると思って」


(一体、この小さな頭の中にどれほどの知識が詰まっているのか)


謎は全て解けたものの、今更ながらリーシェの有能さを再確認するのであった。

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