第5話 魔法

少しだけ寝たつもりが、結局昼過ぎまで寝ていたようだ。むくりとベッドから起き上がると、頭痛は治ったものの、身体が少し軋む。


慣れないベッドで寝ているせいだろうか、それとも変な姿勢で寝ていたのだろうか。何となく、肩や腰に違和感がある。


固まってしまった筋肉を解そうと、狭い室内の中、うーんと大きく伸びをする。やはり縮こまって寝てたせいもあるようで、伸びただけだが少しだけスッキリした。


さすがに個室を与えられたとはいえ、船内での個室にこの大きい身体で行動するのは、いささかつらい。かと言って、もはや縮むこともできないのが、つらいところではある。


そもそも、昨夜の腕相撲で普段使わない筋肉を使ったような気がするから、筋肉痛かもしれない。……それはそれで軍総司令官として問題だろうが。


(久々の筋肉痛すぎて気づかなかったが、私もまだまだ鍛錬が足らんということだな)


外は燦々さんさんと日が照っていて、少し暑いくらいだ。室内温度も高いせいか、じわっと寝間着に汗が滲んだようで、肌に張り付いて少し不快に感じる。


(無理なことはわかっているが、風呂に入りたい……)


自分の匂いは自分ではわからないため、リーシェから「臭い」なんて言われた日には、私は塞ぎ込んで部屋に引きこもる自信がある。


ふとサイドテーブルに視線を落とすと、事前にリーシェが用意してくれていたらしい薄手のチュニックがある。


汗で濡れてしまった寝間着を脱ぎ、少しでも匂いが緩和できれば、とそれを羽織って外に出る。


すると、見慣れた背格好が目につき近づく。何やらリーシェが甲板の方を覗いていた。


「何かあったのか……ってどうなっている?」

「見た通りですよ」


視界に入ってくるのは、婚活メンバーである貴族達が必死で甲板掃除や荷物運びなど、船員の仕事をしている様子だ。


(私は寝惚けているのか……?)


異様な光景にリーシェを見れば、ふふっと悪い笑みを浮かべていた。


「何をしたんだ?」

「大したことはしてませんよ。ケリー様が寝たあとに、私が敵討ちとして他の方々のお相手をしただけです」

「相手……?って腕相撲のか?!」

「えぇ、まぁ」


さらっと言ってのける彼女に驚愕する。


(いや、だが、いくら彼女が有能だとしても、成人男性に力で敵うはずが……!)


「驚いてます?」

「そりゃあ、そうだろう。どうやった?ハンデでももらったのか?」

「いえ、そういうのはいただいてません。ただ、心理的な揺さぶりはかけましたが」

「どういうことだ?」


では実践しましょうか、と手を取られ、再び自室へと戻ってくる。そして、椅子に腰掛けさせられた。


「私、魔法が使えるんですよ」

「魔法……?まさか、いや、でも、そんな、だが」


リーシェに言われて、彼女なら実際にできるかもしれないという気持ちと、そんなバカな、という気持ちで揺れ動く。そして、私の目の前に立つと、私の額に指を1本突きつけられる。


「では、立ってみてください」

「は?そんなの簡単だ……は?え、待て……どうなっている……?」

「あれ、おかしいですね。ケリー様はそれで全力ですか?」

「いや、待て……っ、ちょ……っ、く!」


立とうにも立てない。不可解な現象に焦りが生まれる。ただリーシェは私の額に指1本触れているだけだと言うのに。


「ふふ、立てないでしょう?ほら、もう大丈夫ですよ」

「は、何で、え?まさか、本当に……?」

「では、早速本番の腕相撲へと参りましょうか」


ニコニコと楽しそうなリーシェとは対照的に、私は訳がわからず、混乱したまま席に着く。そして、向かい合って座り、お互いに腕を出すとそのまま手を握った。


この間、リーシェは特別なことは何もしてない。何かしらの不正か何かをするのかと思えばそういうのもなく、ただ同じように腕相撲をする姿勢を取っている。


「では、私の合図でいいですか?それが……まぁ、ハンデということで」

「あ、あぁ、構わないが」

「では、いきますよ。3、2、1……」


ダンっ!


大きな音と共に、めいいっぱい力を入れたはずの腕が叩きつけられる。


まさに、一瞬の出来事だった。


何が起こっているのかわからず、ただ自分の倒された腕を見るしかなかった。


(一体どういうことだ?)


彼女に真相を求めるように視線を送れば、にっこりと微笑まれた。

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