バース編2
「条件というか、バースにお願いしたいことはだな」
そう言って彼、クエリーシェル様は事前に書いていたのであろう契約書を机に広げる。内容としては、
・日中や男手が不在時は常駐
・住み込みでも通いでもどちらでも可
・給金は応相談
・メイドの手伝いも含む
と、シンプルな内容だった。
「ちなみに我が家のメイドは2名だ。名をリーシェ、ロゼットという。ロゼットはメイドとしてほぼ新人なので、何かと手伝いを頼むこともあるかもしれないが、大丈夫だろうか?」
「えぇ、僕ができることでしたら」
「ありがとう。リーシェに関しては有能で多彩ではあるのだが、少々暴走する気があるので、できれば注意してみてもらいたい」
「暴走、ですか……?」
暴走と言われて、どんなメイドなのだと想像したが、暴走と有能が上手く結びつかなくて、想像することができなかった。
「いや、暴走という言い方は語弊があった。彼女はその、何だ、無理をするタイプの人間なのだ。できることが多すぎて頑張りすぎてしまう。あと、無駄に闘争心というか……私も人のことは言えないが、血気盛んなとこがあってだな……。もし野盗や不審者などに遭遇しても立ち向かっていってしまうので、できればそういうのは事前に止めてもらいたい」
「はぁ、なるほど……」
リーシェさん、一体何者なのだ、と思いながら、一通りの内容を了承し契約書にサインをする。詳しい内容は今後また詰めていこう、とのことでそこでヴァンデッダ卿とは別れた。
メイドが2人に領主が1人。ちょっとしたハーレム状態だが、あの話し方と雰囲気的にそんな感じでもなさそうだ。
そもそも屋敷に3人だけって言うのも気になるが、そのうち1名は新人だし、当主自身が家の管理をするというのも変わった話である。
(変わり者と呼ばれる自分だからこそ、生かせることがあるかもしれない)
今まで期待などほぼしなかった自分だが、ヴァンデッダ家に勤めるというのは少しばかり楽しみだった。
「馴染めました?」
声がする方を見てみると、リーシェさんが箒片手にこちらを見上げていた。
「おかげさまで、楽しいです。あと、仕事もだいぶ慣れました」
「それは良かったです。ちょっと癖のある人なので。……って私もですけど。嫌なことがあれば、すぐに言ってくださいね。なるべく改善するように善処致しますので」
「ありがとうございます」
(有能な暴走メイド)
第一印象は、「若い」だった。想像していたよりもずっと若く、年齢を聞いたら17だという。成人する年齢とはいえ、華奢で幼い顔立ちでは少々想像できなかった。
あと先入観で、もっと年上の、悪く言えばお局みたいな人を想像していたため、挨拶されたときの衝撃は、とてつもなく大きかった。
リーシェさんは見た目に反して、ちょっと素っ気ない態度をヴァンデッダ卿に取ることが多々あって、どちらかと言うとクールな印象が強い。
僕達にはそういう態度を取らないので、意図的にそうヴァンデッダ卿に対して振舞っているようだが、ちょっと彼が寂しそうにはしていたのは気がかりだった。本人に言うに言えずにいるので、現在進行形だが。
彼女は年齢のわりに気配り上手で、さらに人との距離感の取り方が上手かった。何でも卒なくこなすが、嫌味でもなく、わからないことがあればすぐに教えてくれるし、対応してくれる。
僕が刃物が苦手なことも即座に気づいてくれて、早々に警備用に携えていた護身用の武器を片手剣から、棍に変えてくれた。
ついでになぜか彼女の棍も作っていたのには、ヴァンデッダ卿の言っていたことが思い出されて、思わず笑ってしまったが。
「そういえば、今度棍の練習相手をしていただけませんか?」
「いいですけど、ヴァンデッダ卿には」
「秘密でお願いします。バレると面倒なことになるので」
「あまり無理はなさらないでくださいね」
棍は使い方をあまり知らなかったが、実際に振るってみると面白いものだった。剣術とどこか通じる部分はあるものの、使い方によって武器にも盾にもなるというのは不思議で、のめり込んでいった。
師についてはヴァンデッダ卿が渋々ではあるものの認めてくれて、リーシェさんが勤めてくれることになった。彼女は教え方が上手く、今まで苦手だった戦闘もどうにか様になるほどだった。
ヴァンデッダ卿はあまり彼女に棍を振るって欲しくはないようだったが、彼女は僕をダシにしてちょいちょい今回のように棍を振るう機会を設けている。
でも、聞いたところによると、リーシェさんはある一件でお腹に剣が刺さって大傷を負ったそうなので、確かに彼の言うことも最もだというのはよく理解していた。
なので、彼女の誘いは2回に1回は断るようにはしているのだが、それでもこうして誘われるのだった。
(自分が言うのもなんだが、確かに変わったメイドさんだ)
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