バース編1

昔から、「無駄に多彩だ」とよく言われていた。だが、何か突出して秀でているわけでもなければ、多彩と言えども男の自分には無駄な才能ばかりで、自分の人生にはほぼ生かせないことばかりだった。


そもそも、この無駄な才能を得たのは、年の離れた4人もの姉に囲まれて育ったせいだろう。環境が環境なだけに、姉から教わる裁縫やピアノ、歌やダンスなど女性特有のものに関してばかり上達していった。


子爵家で周りの親戚は軍関係者が多いというのに、本来身につけなければならない剣術や馬術、弓術や体術などそういうものはからっきしというか人並みにしかできなくて、僕は父を大いに困らせた。


父は僕を後継として立派に育てたかったようだが、どうにも多勢に無勢というか、母と姉合わせると5人もの女性を相手に立ち向かうのは難しかったようだ。


結局、僕は「多彩だけど男として使えない」というレッテルを貼られた兵士になってしまって、軍内部では「女男」といじられ、からかわれ、酷いイジメを受けた。


身体的なものの被害もそうだが、正直精神的にボロボロだった。軍の宿舎では、下着を女性ものに変えられたり、女なのに身体が大きいのはおかしいと、食事を抜かれたりした。


ターゲットになってしまった僕は、抵抗するも、相手する人数が多く、軍の上層部も弱い奴が悪い、そもそもそうやっていじめられている方に原因があるのだろう、ということでどんどん僕の立場は悪くなっていった。


イジメもエスカレートしていき、暴力は日常茶飯事で、その時はどうして殴られたり蹴られたりしなければならないのか、ということすら考えられず、ただ今日はこれくらいで済んで良かったな、と思考が段々と麻痺していった。


そして事件が起きた。恐らくただの気まぐれだっただろうが、あるとき1人の男が言った。


「女になりたいなら、あれ、いらないんじゃね?」


同調したヤツらに羽交い締めにされ、ヤツらはせせら嗤いながら己の服を脱がし、下着をも脱がしていく。目の前にいた男は刃物を持って対峙していた。


その時の恐怖は、言いようがないものだった。


どうにか必死に抵抗して自分でも驚くほどの力が出た。火事場の馬鹿力というやつだろうが、どうにか逃げ出してことなきを得たが、僕の精神はそれでもう一気に瓦解した。


しばらく静養という名の自宅へと戻り、どうにかそういう環境から離れられたものの、フラッシュバックが酷く、家族からも遠巻きにされていた。


死ぬにも死ぬ勇気がなくて、ただ無為に毎日を過ごすだけ。それが、いいか悪いかの判断すらできなかった。


親はどうにかせめて家を継がせようと、見合い話をたくさん持っては来るが、辺境の土地に居を構え、4人もの姉がいて、さらに軍から逃げ帰ってきた自分は、当然だが女性から敬遠された。


自分でも、こんな悪条件の男と結婚するなんてごめんだ。男らしくもなく、精神もボロボロで、資産もなければ嫁にはいっているものの、小姑が4人もいる。


だから、僕はひっそりとただ死ぬだけの人生を過ごそうと、そう思っていた時だった。クエリーシェル・ヴァンデッダという侯爵から連絡があったのは。


「静養中だとは聞いていたのだが、どうにも君にお願いしたいと思っているのだ。検討してはもらえないだろうか」


出された条件はヴァンデッダ家の警備。他にも、もしできればメイドの手伝いをして欲しいという。


クエリーシェル・ヴァンデッダ。軍の総司令官であり、侯爵であり、マルダスの国境に面している最も危険で、広大な土地を管理する領主。


名前だけは聞いたことがあったが、実際に会うのは初めてだった。


見た目は自分よりもかなり大きく、威圧感があったが、物腰は落ち着いている人物で、話し方も威圧的でなければ穏やかに、とても柔らかい物言いをする人という印象だ。


最初は警戒していて、トラウマもあって身体が硬直していたが、彼の低姿勢で紳士然な振る舞いに、自然と警戒心は薄れていった。


「我が家はあまり人を雇っていなくてな。私が人嫌いだと言うこともあって、あまり雇っていないのだが、どうにも女手2人だけでは警備の部分で心配があってな」


(人嫌い?この人が?全然そんな風には見えないけど)


自分も事件以降、人嫌いになってしまったが、この人も自分と同じなのだと思うと、自然と親しみを感じる。


自分と同じような人物がこのような活躍をしていると思うと、勝手に自分も頑張れるのではないか、とそう思った。


「もちろん給金は弾むし、そちらも何か条件があるというなら出来る限りその意思を汲むつもりだ。どうだ、頼まれてくれないだろうか?」


手を差し出される。侯爵であり、領主であり、軍の総司令官である目の前の人物が、自分に頭を下げるというのがどうにも理解し難くて、思わず自分の頬を抓った。


(痛い。……ということは、現実なのか)


「え、と……あの、不出来で頼りないかもしれませんが、そんな僕でよければ」

「あぁ、ありがとう!不出来だなんてとんでもない!私はバース、君がいいのだ。刺繍や裁縫などできるのだろう?うちは人数がいないぶん少数精鋭でな。家のことは自分で手をかけているのだが、なかなかどうにも手が回らなくてな」

「あの、え、と……ヴァンデッダ様も裁縫などされるのですか?」

「あぁ、もちろんだ。メイドにも褒められる腕前だぞ」


ふふん、と自慢げな表情をする彼に思わず自分も笑みが溢れる。自分が必要とされている。さらには自分の能力が生かせる。これほどにない、好条件の仕事だった。


「そうなのですね、失礼しました。ぜひ、僕にお任せください。よろしくお願いします」


僕が頭を下げ手を差し伸べると、ヴァンデッダ様は僕の手を握って握手してくれた。その手はとても大きく、彼の優しさに包まれているようだった。

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