第71話 出発

「気をつけてね」

「ありがとうございます、マルグリッダ様」


ダリュードがいるということは、もちろんマルグリッダもいた。そして、今回はグリーデル大公までいる。


クエリーシェルが不在の間、ここの管理は大公殿下がやるのだから、当然と言えば当然なのだが、あまりクエリーシェルと会いたがらないと聞いていたから勝手に来ないものだと思っていた。


(まぁ、普通は大人なんだし、来るわよね)


そういう分別はつけているのだろう。好き嫌いだけでは、仕事は勤まらない。最近国王と一緒にいたせいか、彼のワガママぶりを目の当たりにして、そういう分別がある大人の存在を忘れていた。


もちろん国王もきちんとした場面では分別はもちろんつけているのだが、嫌なときは幼児のようにヤダヤダ喚き、執事達に連行されていく姿を見続けていると、ちょっとその辺の理解力が乏しくなっていたのは事実だ。


「この領地のことは、私と息子がきちんと守りますゆえ、ご心配なきように」

「え、えー……っと、はい、よろしくお願いします?」

「シュバルツ!言うならリーシェさんではなく、クエリーシェルに言ってあげて!」


私の内情を知っているのもあるだろうが、あからさまにクエリーシェルと話したくないと言うことが丸わかりだった。


私に恭しく頭を垂れている姿は、内情を知らぬ者からしたら異様な光景であろう。


「だが、身分上はそこの愚弟よりもリーシェ様の方が上だしな」

「様はいりませんから、大公殿下。ただの血筋の問題ですし、今は亡き国。そもそも途絶えるかもしれないものですから」


そう、私がこのまま伴侶を迎えず、子孫を残さなければペンテレアの血は途絶える。それがいいのか悪いのか、今の私に考える余裕などなかった。


「だったらやはりここは年も近い、ダリュードと」

「シュバルツ!まだ諦めてなかったの?!」

「もちろんだ。私としても君が我が大公家に入ってくれるのは大歓迎だからな。ダリュードも気に入っていることだし」

「父さん!!」

「……ありがとうございます、考えておきます」


家族喧嘩が始まりそうな勢いに、思わず苦笑して当たり障りのない言葉で避難する。


マルグリッダもそうだが、グリーデル大公も思いのほか押しが強いようだ。夫婦は似るというが、元来の気質で似た者同士だったのか、その辺りは定かではないが、なかなか困った御仁ではある。


ダリュードを見ると苦笑してるし、背後で固まっている大男はずっと無言を貫いたままだ。グリーデル大公のことを苦手視していたから仕方がないとはいえ、困ったものである。


「あら、いけない。そろそろ出発の時間ね。はい、これ。国王陛下から」

「?ありがとうございます」


手渡されたのはブレスレットだった。国王陛下からの贈り物を、このような形で手渡しでいいのかな、と思いつつ受け取る。


「ごめんなさいね、こんな手渡しで。直接渡せないからって、私が預かったのよ。あの子も前もって渡せばいいものを、困った方よね」


彼の性格上、照れ臭いというか、そう言った類いの感情のために人伝に渡してきたのだろう。なんとなく想像はつく。


もらったブレスレットは煌びやかな宝石などはなく、シンプルな細工だけが施されているようだが、よく見ると色々加工してあるようで、あとで改めてじっくりと見てみようと思った。


右手にはクエリーシェルのブレスレット。左手には国王からのブレスレット。


あまり装飾を身につけない私だが、そこまでかさばるものでもなく、またシンプルなため、どちらも見た目でも実用面でも、邪魔にならずに済んでいる。


「国王陛下には、リーシェが感謝を述べていたと伝えてください」

「えぇ、わかった、伝えるわ。リシェル、命に代えてでもリーシェさんをお守りするのよ」

「わかっているよ、彼女は必ず生きて帰す」

「できれば貴方も、生きて元気に帰って来てちょうだい」


さすが大公の奥方ということだろうか、気丈に振る舞っている姿はとても美しく見える。内心どう思っているかは知らないが、少なくとも唯一無二の大事な肉親だ、つらくないわけがない。


それを悟ってか、グリーデル大公がマルグリッダの肩を抱く。寄り添い合う夫婦、その姿は羨望に値するものだった。


(あぁ、こんな夫婦関係が羨ましい)


私もそういうお互いに支え合う夫婦になりたい、とちらっとクエリーシェルを見ると、彼は私の視線に気づいたようで、コソッと手を握られる。


別にそういうつもりではなかったのだが、あえて振りほどかず指を絡めた。


「いってきます。必ず帰ってきますので!」


そう言って船に乗り込むと、離岸するまで彼らに手を振り続ける。


(いよいよ、航海へ出発だ)


ドンドンドンドン……!!


空砲の音が響く。船内では多少の悲鳴が上がったが、私はその音でさらにやる気が鼓舞された。


(私は、私ができることをする)


久々の航海に胸を躍らせつつ、新たなる未来への一歩を私は踏み出したのだった。

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