2.5章【閑話休題・恋愛編】

ニール編

「船旅、ですか……」

「あぁ、半年か1年ほど留守にする」


突拍子もない話に、愕然とする。今まで、訓練でも遠征でもヴァンデッダ様と片時も離れていなかったというのに。


(離れていたとしても、最長でもせいぜい1週間ほどだというのに、まさかの1年、だ、と……!?)


最長1年も会えないなど、想像したくもない。いることが当たり前で、いないことなど想像ができなかった。


(ヴァンデッダ様がいなければ、私はどうすればいいのだ!!!)


心の中でそう叫ぶ。それほどまでに、このクエリーシェル・ヴァンデッダという存在は自分にとって大きな存在だった。


「私がいなくても、ニールがいるなら大丈夫そうだと思ってな。国王には私の不在中の指揮はニールに委ねると伝えてある。つまり、軍の総司令官代理だ。また、万が一私の身に何かあった場合は、ニールが軍の総司令官として任を勤めることになるかもしれぬ」


(軍の総司令官代理……?)


ポンと肩を叩かれて、笑われる。


「励めよ?私の推薦なのだ。ニールならやれると信じている」

「ありがとうございます!ご期待に添えるよう頑張ります!!」


(そうか、ヴァンデッダ様はここまで私を買ってくださっているのか)


じーんと胸が熱くなる。涙が出そうになるのを、グッと堪えた。


「だが、普段の補佐と指揮官では行動だけでなく、責任も違う。いつも通りではダメだ、もっと広い視野で、多くの者を見て把握しなければならない」


凛々しい顔つきになるヴァンデッダ様に、自然と背筋がシャキッと伸びる。彼はこういう緩急のつけ方が上手い。相手を貶すのでなく、褒めつつもきちんと方向性を示して、導いてくれる。


それは観察眼に優れているだけでなく、優しい彼の気質があるからこそできる技だった。


「はい!」

「それぞれ適性があって、得意不得意な部分がある。それを上手く作用させれば、自然と事は運ぶものだ。元々、ニールは状況把握などは得意な方であろう?私だけでなく、今後は部隊全体の内情把握などをして欲しい。できるな?」

「もちろんです!」


我ながら乗せられやすいとは思うが、この人は本当に人をよく見ている。見すぎているからこそ、相手のことを考え過ぎて人嫌いだという本末転倒な部分はあるが、兎にも角にも優しすぎて人想いなのだ。


「僭越ながら、船旅はどちらに?」

「あぁ、カジェ国にな」

「カジェ国……?」


カジェ国と言えば、あの憎たらしいメイドが以前、通訳として王城で登用されていたことを思い出す。


「もしや、……あのメイドも同行するのですか?」

「リーシェのことか?あぁ、彼女の里帰りも兼ねているから、もちろん来るぞ」


(ぬぁぁぁぁにぃぃぃぃ?!!!)


カッと、一気に頭に血がのぼる。感情の乱高下が激しいことは自分でもわかってはいるが、気持ちを抑えることができなかった。


自分は同行を許されていないのに、なぜポッと出のやつにヴァンデッダ様を奪われなければならないのか。彼の隣という場所は、俺の場所だというのに。


沸々と怒りが湧いていると、肩をグッと掴まれ「こら」と言われて、苛立ちが途切れる。


「ニール、そういうところがダメだぞ。感情のコントロールをしろ。私が言えることではないが、いついかなるときも冷静でなければならない」


諭されて、ハッとする。つい、あの女のことで取り乱してしまった。


どうにもあの女が絡むと、感情が乱れる。どうしてだか自分にはわからなかったが、とにかくヴァンデッダ様とメイドのセットが、なぜかどうしても気に食わなかった。


(この感情は一体何なのだ?私は、どうしてこうもあの女に憤りを感じる?)


自問自答するが、答えは見つからない。特別あのメイドと何かあったわけではないが、どうしても感情が先走ってしまう。


そもそも、だ。元々、苛立ちやすい性格ではあった。周りから父と比較されて、そして父からも兄と比較されて。


それが嫌で嫌で、いつも沸々と怒りを溜めていた。吐き出す勇気もなく、ただひたすらの沸々と湧き上がる怒りを感じながらも、それを出すことはできなかった。


(考えてみれば、その怒りをあのメイドで発散させているのではないだろうか)


思えば、メイド自身に何か問題があるわけではない。ただ、ヴァンデッダ様と仲睦まじくしている姿が気にくわないのだ。


(自分でも理由はわからない。ただ、あの2人が一緒にいて、仲睦まじくしている姿を見るのが苦しい)


「ヴァンデッダ様は、俺のことをどう思いますか?」


つるんと口から出た言葉は、思いのほか落ち着いた声音だったが、想定外の言葉だった。


(何を言っているんだ、俺は)


口から出てしまったものを、今更戻すことはできなかった。焦って顔を上げると、ヴァンデッダ様から真っ直ぐに見つめられる。


「ニールは大事な右腕で、大切な相棒だと思っているぞ。ニールがいなかったら、今の私はないからな」

「…………そう、ですか……」


言葉が詰まる。それほどまでに彼の言葉は衝撃的だった。


(あぁ、そうか、俺は……この人のことが好きだったのか)


戦友、としての位置付けに、本来は喜びこそすれ、哀しむ必要などない。だが、自分が感じたのは、ざっくりと胸が抉られるほどの絶望だった。


右腕で相棒。それ以上でもそれ以下でもない。つまり、自分は彼の私生活では入りこむ余地がない、ということだ。それにショックを受けたということは、つまりそういうことだ。


(失恋とは、こういう感情なのか)


ギュッと胸が締め付けられる。今度は別の意味で泣きそうになるのを、グッと堪える。


「ニール」

「はい」

「私が不在になるまで、ビシバシ鍛えるから、そのつもりで頑張れよ」

「はい!」


悔しくて、つらくて仕方ないが、目の前の彼には全幅の期待をされている。私生活ではあの女に譲るが、軍内部となれば話は別だ。全力で応えてみせるのが、彼の右腕ではないだろうか。


(あのメイドのことは未だ好きになれないが、だが今この場面で必要とされているのは何者でもない、俺だ)


それからヴァンデッダ様の出発の日まで、彼のために、自らのために、軍司令官代理としての任を果たせるよう、俺は日々励むのだった。

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