第31話 カジェ国語講義

「では、カジェ国語の講義を始めます」

「お願いします、先生」


先生という響きがなんとなくむず痒く思いながら、そろそろ慣れなければと気合いを入れ直す。


メインで教えるのはアマリス皇女だ。9歳の彼女は、9歳とは思えないほど大人びて知識も豊富だ。一通りの作法も身につけていて、なんとなく昔の自分を見ているようだった。


(見た目は雲泥の差だけど)


アマリス皇女は両親から受け継いだ金色の髪が光を帯びていて、まるで神のような神々しさと、愛らしい表情は天使のような美しさで、さすがの皇女と言えるほどの造形美だ。


(これだけ美しかったら、それはそれで大変だろうな)


きっと自国どころか、諸外国からも引く手数多なことだろう。婚約者を決めるのは、ある意味難航するかもしれない。


(姉もアーシャも王妃も綺麗だけど、それとはまた違った美しさがある)


ついつい惚けてしまいそうになるが、これは仕事である。お給金もいただける。現在は給金を貯めてロゼットの本を出版するという目標もできたので、お金は稼ぐならなるべく稼ぎたい。


ちなみにヒューゴ皇子はまだ3歳なので、自国の言葉もまだ怪しい部分がある。そのため、カジェ国語でも簡単な部分しか教えない。


「では今日はちょっと趣向を変えて、カジェ国の歌で勉強しましょうか」

「歌、ですか?」

「えぇ、歌です」

「歌!歌、僕、好き!」


普段物静かなアマリス皇女が食いつく。ヒューゴ皇子は言わずもがなだ。


(可愛らしいな)


こういうところは2人とも素直である。アマリス皇女はあまり顔に出さないようにしているようだが、期待を含んだ瞳から、普段の彼女と違った感情がよく読み取れた。


講義の内容としては読み書きを主にしていたが、たまにはお遊びを取り入れてもいいだろう。ということで、いくつか教材を用意した。アーシャに教えてもらった歌がほとんどだというのが癪だが、それを嘆いても仕方ない。


幸いこの学習室にはピアノも揃っているので、演奏しながら実際に歌うことができそうだ。調律もさすがというか、当然なのだろうが、きちんと済ませてあってすぐさま弾けるようになっていた。


「私がまず歌いますので、聞いていてください」

「はい」

「はーい」


ピアノの前に腰掛け、ふぅと小さく息を吐く。慣れない曲だ、指が動けばいいのだが。そう思いながら、肩の力を抜き、鍵盤に指を置き弾き始める。


ーーあの光り輝くのは何だろう

ーーあれは妖精が宿る湖さ


ーー旅人は身体を休め

ーー人々は安らぎを求める


ーーあぁ、素敵な生命の水

ーー清らかなその輝きは

ーー我々の生命の輝きだ


簡単な曲だが、語呂もよく、リズムもよい。よく、アーシャが口ずさんでいた曲だが、子供達にはこれくらいの曲の方が覚えやすいだろう。


(実際に、私も今ソラで歌えるくらいだし)


「どういう意味ですか?」

「これは『生命の湖』という曲で……」


カジェ国語のあとに、翻訳した言葉を説明する。アマリスは熱心に、現地の言葉の隣にコルジール語で書き込みしている。


(真面目だなぁ)


それに比べて、ヒューゴは耳についた言葉だけを繰り返し歌っている。対照的な姉弟だが、それはそれで面白かった。


「他にはどんな曲が?」

「あとは、いくつか童謡がありますよ。次は『犬と猫』を歌いましょうか」


今度は童謡なので、ポップな曲調だ。前奏を弾くだけでも、ちょっと彼らの身体がリズムに乗っていて笑みが溢れる。


ーーあるところに子犬がワンワン

ーーそこに子猫がニャアニャアニャア


ーーお互い一生懸命話しても

ーー子供なのでわからない


ーーただただ合唱

ーーワンワンニャアニャア

ーーあー困った困った


比較的小さい子向けの曲なので、ヒューゴ皇子の食いつきが凄まじかった。鳴き声のところは説明しなくてもなんとなくわかったのか、「さっきのって犬と猫の鳴き声でしょう?!」とヒューゴは目をキラキラと輝かせていた。


アマリス皇女もソワソワして、色々と何かこちらに言いたげだった。その姿が年相応で可愛らしく、彼女の言葉を促すと、溢れ出すように普段無口な彼女から、たくさんの言葉が出てきたことには驚いた。


その後もいくつか歌を披露し、せっかくなので、ただその言葉を説明するだけでなくクイズも取り入れながら話を進めると、2人は食い気味に「はいはい!」「わかるわかる!」と答え、とても講義は盛り上がった。


あまりに今回の講義は楽しかったようで、講義終了の案内と共にメリンダ王妃が来たときには、珍しく2人はとても残念そうにしていた。


そして、次はいつやるのか、歌やクイズの講義を次もまたしてくれ、と2人から口々にせがまれるのだった。

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