第30話 王城でランチ
湯浴みを終え、ローブからドレスへと着替えさせてもらった。ドレスは王妃の古着だそうで、さすがに固辞したものの、まだ10歳のアマリス皇女には着せるのには早いしぜひに、ということで着せていただくことになった。
さすが王妃様の私物である、どれもこれも眩しいくらいに宝石が光っている。確か、元々大公令嬢だと聞いていたが、さすが、資産が湯水のように使える家は使い方が違う。
そんなこんなで着替えを終えて、国王一家の昼食にお邪魔させていただいている。正直肩身はなんとなく狭いが、目の前に並べられる料理の数々に、その気持ちはすぐにどこかへ吹き飛んだ。
(ふーーー、食べた食べた)
食後のデザートである干しぶどうのケーキを食べながら、先程のフルコース料理を心の中で反芻する。スープもポワレもソテーも、どれもちょうど良い火加減と味付けだった。
さすが王城のシェフだ。料理も付け合わせも逸品揃いで、久々に頬が落ちそうなほど美味な食事に、つい舌がそちらに慣れてしまいそうだった。だが、いけないいけない、と己を律する。
下手に舌が肥えてしまうと弊害が多い。というのも、さすがに普段はこれほどまでに高級な食材も調味料も用意できないし、そもそも出汁を取るにしたって出汁ガラも無駄にはできない。
今はメイドとしてクエリーシェルのお給金で生計を立ててる身だ、そんな贅沢に慣れてはいけない。
(そう考えると、ステラのときは毎日美味しいものが食べられて、幸せだったなぁ)
当時は自分の幸福についてなど考えたことはなかったが、今思えば幸せな身の上だった。いや、今が幸せではないというわけでもないが。
(今は今で幸せよね)
言い聞かせるわけではなく、素直にそう思える。今は以前のように、ただ物のように扱われるわけでもなければ、居場所がないわけでもない。
マシュ族と過ごしていたときは、常に野宿で、その日の食糧確保は狩猟や各家庭の差し入れ次第だった。寝床は場所によって虫が多かったり、湿度が多かったり。
下手すると、獣や野盗に襲われる危険性もあったため、常にヒヤヒヤしながら過ごしていた。
さすがの私も武術を習っていたとはいえ、無防備な状態で獣や野盗に勝てるほど修練できてはいないので、常に死と隣り合わせなのはあまり生きた心地がしなかった。
その後の邸宅へ行っても、死と隣り合わせという状況は脱したものの、今度は精神的につらかった。
「ロクでもない者」というレッテルを初めから貼られてしまったため、弁解する余地もなく、周りからの冷たい視線や態度、仕打ちに静かに感情を殺して生きていくので精一杯だった。
あの時はただ感情もなく言いつけだけをこなしていて、ある意味死んだも同然だった。だから、領主の贄として捧げられたときは、少々安堵したくらいだ。
あの旧領主宅では、下働きの人数も多く、領主も全員把握していたわけではないから、特に目をつけられなければ割と自由に行動できた。
たまにセクハラをされることはあったが、尻を触られるくらいで、貧相な胸のおかげかそれ以上されることはなく、あの贄として捧げられた者の中では比較的平和に暮らしていたほうである。
(とはいえ、もちろん今のクエリーシェルのところが一番良いけど)
あの出会いがなければ、今のこの生活などあり得なかっただろう。安らかに死ぬどころか、摩耗して朽ち果てていたかもしれない。
(クエリーシェルは私の救世主というわけか)
最近、ロゼットの影響で恋愛脳になっている。そのため、ついクエリーシェルが皇子として私を手助けしているところを妄想してしまうことがある。
だが、拙い妄想のせいか、熊が皇子服を着て姫抱きしている私を想像してしまい、その様子があまりに面白くて、つい口元が緩んでしまった。
「リーシェ、行儀が悪いぞ」
「すみません」
(いけないいけない、つい妄想に耽ってしまった)
未だニヤニヤする口元を隠しながら、食器の上に綺麗にカトラリーを並べて食べ終えた意思表示をすると、すぐにメイドが気づいて食器を下げてくれた。
(さすが、王城のメイド、教育が行き届いている)
関心しながら、ハンカチで口元を拭う。みんなより早く食べ終えてしまったようで、みんなが食べ終わるのを待つ。
(そういえば、最近クエリーシェルと話してないなぁ)
ここのところお互い忙しくしているせいか、顔を合わせることはあれどあまり会話はしていない。それがなんとなく寂しいと思っている自分がいることに気づいて、動揺する。
(ダメダメ、私は別にクエリーシェルとどうこうなるつもりはないのだから)
言い聞かせるように心中で唱えながら、みんなが食べ終えるのを待つ。自業自得だが、妄想やら考えごとをしたせいで、食事の味を忘れてしまったのが心残りだった。
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