第11話 似ている父子
「クエリーシェル様に何をした」
「別に、何もしてないですよ」
(えぇ、何もしていない。強いて言うなら、ちょっとキツめに忠告しただけだ)
パーティーが始まると、それはそれは賑やかになる。各々、飲食を楽しんだり、歓談を楽しんだり、ダンスを楽しんだり。
そういえばバースが見当たらないな、と思えば、彼はピアノが弾けるらしく演奏する側に回っている。
損な役回りというかなんというか、本来護衛として雇われているはずなのに、こき使われて可哀想だな、と哀れみの目を向けていると、いつの間にかやってきていたニールに絡まれ、冒頭のやりとりとなった。
「では、なぜクエリーシェル様がこのように」
「それは本人に聞いてください。私は別に、保護者ではないので」
ぐぬぬぬ、となっているニール。とはいえ、せっかくの誕生日のお祝いをしてもらっているのだから、私としては楽しみたい。
「リーシェ、どこに行く」
「ちょっと食事を取りに」
目敏く私の行動を制止しようとするクエリーシェル。けれど私は、伸ばされた手をするりと躱して、引き留められぬように距離をとる。
最近、というかメイドとして下働きするようになってからいつも自分で作ってばかりで、こういうときでないとなかなか人のご飯を食べる機会はない。
(前回もクォーツ家ではバタバタで、食事を取る暇もなかったし)
そのおかげで毒を取らずに済んだのは良かったが、とにかく久々に病院食以外の誰かの料理が食べたかった。
「なら私が」
「ケリー様の分も取ってきますよ」
「おや、ヴァンデッダ卿ここにおいででしたか」
「ファーミット卿」
ファーミット卿から声をかけられ、さすがのクエリーシェルも私を追うようなことはなく、そのまま応対している。その隙に席から抜け出すと、恨めしげな目で見られた。
(ニールに絡まれるのも嫌だし、いつも一緒にいるのだから、たまには離れたっていいじゃない)
クエリーシェルに自分は必要だとは思うが、ずっと一緒にいたら自立に繋がらない。大の男に自立というのも変だが、せっかくここには妙齢の女性もたくさん集まっていることだし、人慣れするにはいい機会だろう。
(とりあえず、食事、食事)
そう思いながら、ビュッフェ形式で置かれている食事をじっくりと見つめる。どれもこれも美味しそうだし、とてもいい匂いが鼻腔をくすぐる。
ぐぅぅぅ、と大きな音が鳴り、そういえば朝から用意に忙しくて、まともに食事を取ってなかったことを思い出す。
(な・に・に・し・よ・う・か・なー)
お肉料理もいいし、魚料理もいい。このサラダにかかっているのは何ソースだろうか、そしてこの美味しそうなゼラチン質のデザートは何だろうか。
(ふぁぁぁぁ、目移りするぅぅぅ……!!)
「ご機嫌よう、貴女がリーシェさんですか?」
「はい、そうですが」
顔を上げると、綺麗な茶髪に顔立ちのはっきりした男性がそこにいた。初対面なはずだが、なんだか見覚えがある気がする。不審げな顔をしていたのがわかったのだろうか、「これは失礼」と手を差し出される。
「申し遅れました、私はジェフ・クレバスと申します。いつも愚息が世話になってます」
クレバス、という名で聞き覚えがあるが思い出せない。
(え、と、息子さんがお世話になっている?)
思考がぐるんぐるんと高速で回り続ける。そこにニールがやってきて、「は!」と思い出す。
「ニール様のお父様ですか!こちらこそ、いつもニール様にはお世話になっております」
彼の手を握り返し挨拶すると、慌てた様子でニールがこちらに来ているのがわかった。
「父さん!なぜリーシェに挨拶などなさっているんですか!」
(酷い言い草だな)
横目でジトッと見れば、バツが悪そうにはしているが、言及したところで謝られるわけもないだろう。元々当たりが強いのは承知しているので、特に言及はしなかった。
「何を言う。普段女性の話題など滅多にしないお前が、最近はよくリーシェ嬢の話をしているじゃないか」
(それは恐らく、というか確実に、ほぼほぼ悪口ではなかろうか)
言いたくても、あえて言わない。ニールも「いや、でも、そういう意味では全くなく」と、まごついている。
「いやいや、最初は嫌悪であってもゆくゆく好意になることは良くあることだ。恋心などゆっくり育めばよい。いつもいつもヴァンデッダ卿ばかりにうつつを抜かしていないで、お前もいい年なのだから、早く結婚して後継をだな……」
随分とあけすけに言いたい放題なクレバス卿に、性格は父親譲りか、と納得する。顔は全然似てないし、お父上の方がダンディーで素敵だ。中身はまるまるニールだが。
(てか、ケリー様にうつつを抜かしてることは承知してたのね)
親にも知られているなど、「ちょっとそれ大丈夫?」とも心配にはなるが、それはそれとして、この感じだと、クレバス卿はニールと私にくっついて欲しそうに見える。
(跡取り問題は分かっているけど、それはちょっと、いや、全力で勘弁願いたい)
ニールと私はこの時ばかりは意気投合し、いかに自分が相手に合わないかをそれぞれクレバス卿に訴え、説得するのだった。
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