第10話 誕生日会スタート

「これはまた……凄いですね」

「喜んでもらえたなら光栄だ」


ホールは先程私が入った時よりも、遥かに豪華に素敵に飾り付けされていた。


以前用意してくれた天体観測をしたあの塔でもそうだが、あのときは準備期間があったからこそ驚くほど素敵な一室になっていたのだと思っていた。


しかし今回のこのホールも、あの塔と同じくらい細やかな仕上がりになっていて、よくもまぁこの短時間でこれだけ用意ができたな、と素直に驚くと共に感心する。


装花は秋の花で揃えられ、彩り豊かなダリアが所狭しと飾られている。シャンデリアもどこのデザイナーのものだろうか、目新しいデザインに思わずときめく。


(というか、ここのところ私関連で資産目減りしてないかしら)


ここ最近の出費が気になるところではあるが、今までのことを聞く限りでは相当貯め込んでいるとのこと。とはいえ、毎回このような感じではさすがにまずいだろう。ちょっと節制をさせないと。


人々もどうやってこんなに集めたのだろうか、見知った顔以外に領民らしき人々が集まっている。


一応、表向きは預かり中の海外貴族の娘という設定だが、それにしたってホールにほぼ満員状態のこの人数には驚く。


催しは領民に日頃の感謝と共に還元する意もあるが、まさかそんなに顔も知られていないであろう私のために、このようにたくさんの人々が集まっているというのはちょっとこそばゆい。


「まぁ、リーシェさん!とても素敵です」

「ありがとうございます。ロゼットさんもとても素敵ですよ」

「持参品なのですが、さすがに着る機会はほぼないとはいえ、捨てるのはもったいなくて。いざとなったら売ればいいとは思うのですが……」


ロゼットの、首元がレースが施され、紫で光沢のあるドレスはとてもロゼットに合っていた。確かにメイドとなると着る機会など限られている。売るにしたって、それぞれ想いもあるだろうし、複雑な気持ちだろう。


だから私はあえてこっそりと、「捨てるなんてもったいないですから、今度ケリー様がいないときにファッションショーでもしませんか?そのために取っておいてください」と提案するとロゼットは嬉しそうに笑った。


「んまぁ、リーシェ様!なんとお美しい!!はぁ……、まるで女神のようですわ。ドレスもなんとまぁ、私の瞳の色とご一緒の色だなんて!あぁ、やはりぜひとも我が家に……!!」

「ダメです」


ハイテンションで近づいてきたペルルーシュカの言を、ばっさりと切り捨てるクエリーシェル。女性は苦手だったのではないか、と思うが彼女はある意味例外らしい。


「まぁ!……なんて心の狭い男性なんでしょう」

「聞こえてますよ、ペルルーシュカ嬢」

「では、ぜひともそのご寛大な御心で、どうか私にリーシェ様を」

「どのように言われても、リーシェは絶対に譲りません」


ここまではっきりと身内以外に言うのは珍しい、と思いながらも、この環境が気に入っているのでここを出る気はさらさらなかった。そもそも私の複雑な身の上で他家に行くなど、さらに面倒なことになりそうなので、はっきりと拒絶してくれるのはありがたい。


ペルルーシュカのことは特別嫌いだとかそういう感情はないが、やはり彼には私がいないとダメなんだと勝手に思っている。


(こういうのを『母性本能』というのかしら)


「本当よく似合っているわ、さすが私ね。そう思わない?」

「あぁ、マルグリッダ、君の見立ては素晴らしいよ」


マルグリッダから声をかけられ、お辞儀をする。彼女の傍らにいる壮年の男性は初めて見る顔だが、話し振り的にグリーデル大公のようだ。ちらとクエリーシェルを見れば、僅かながら緊張しているのが見て取れる。


細身で凛々しい顔立ち。ダリュードには似てなく、どちらかというとキツい顔立ちで、綺麗な髭もたくわえていることで、その印象が薄らいでいる感じだ。


「初めまして、リーシェと申します」

「あぁ、初めまして。シュバルツ・グリーデルだ。噂はマルグリッダやダリュードから聞いている。先日は妻子を助けてくれたようで、大変感謝する」

「いえ、滅相もないです。私は、ただ少しでもお役に立てれば良かっただけですので」

「おぉ、なんとも謙虚な方だな。どうだ、その大男はやめにして、うちのダリュードとお付き合いというのは「シュバルツ!」」


マルグリッダが大公の口を塞ぐ。


「もう、そういうデリカシーのないことを言わないで」

「いや、でもだな」

「そんなこと言われても、リーシェが困っちゃうでしょ」

「だが、そこの義弟よりかはうちのダリュードの方がイケメンだし、性格も良いし、賢いし「もう黙って!」」


グリーデル夫妻の痴話喧嘩が始まったところで、とりあえず「では」と当たり障りなく抜け出す。隣のクエリーシェルを見るとバツが悪そうな顔をしていた。


「ケリー様もカッコいいですよ。あとお優しいし、戦は強いし、あとは」

「あからさまなフォローをするでない」


(そう言うのなら、ショックを受けた顔しないでよ)


まぁ、年齢で言うなら確かにダリュードとの方が近いが、彼だってそんなにいきなり3、4つ年上の女とどうこうなるとかは考えてないだろう。いや、そもそもクエリーシェルとどうこうというのもないとは思うが。


「リーシェさん、お誕生日おめでとうございます」

「ダリュード様、ありがとうございます」


彼の話をしていたからだろうか、ダリュードから挨拶をされる。先の今なので、クエリーシェルは未だに不本意そうな顔をしていた。


「いえ、こちらこそ。先日はお礼のご挨拶に行けず申し訳ありませんでした。リーシェさんのおかげでここにある命ですので、どうかそのお礼をさせてください」

「とんでもない!ご無事で何よりです。あ、返し損ねてたハンカチーフ、あとでお返し致しますね」

「ハンカチーフ?ダリュードにハンカチーフを借りたのか?」


ハンカチーフの話題を出すと、途端にクエリーシェルが反応し、急に話に割り込んでくる。


「えぇ、先日ちょっと色々ありまして」

「色々?いつの話だ」

「クォーツ家のパーティーに行く前にちょっと」

「あの馬車の中でか!何があったんだ」

「大したことじゃないですから。では、また後ほど」

「リーシェ」


昔のことを思い出して泣いたなんて、こんなところで言えるわけがない。下手なことを言って、クエリーシェルが勘違いしても困る。


(既に何か勘違いしてそうだが)


ダリュードはその辺はある程度察しているのか、特に口を出すでもなく、「また後で」と微笑んでいた。


「リーシェ、そういうとこがダメだと」

「話すことは話しますが、何でも話すものでもないと思います」

「つまり隠し事があると?」

「ケリー様、めんどくさい男になってますよ」

「め、めんどくさい、だと?!」


勝手にショックを受けているクエリーシェルに特にフォローをするでもなく、そのまま彼を逆に引っ張りながら髙砂席まで行く。


「私はめんどくさいのか……」


未だ腑抜けているが、しつこい男は嫌われるとよく聞くし、クエリーシェルのためにもならない。私は席に着くと、主催者のテンション低いまま、パーティーが始まった。

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