第48話 変化
「んもう!そこでぶちゅっとしちゃいなさいよ!相変わらずヘタレね!!」
思わぬ第三者の声が聞こえて、慌てて身体を離す。声のする方を見ると声の主はクエリーシェルの姉、マルグリッダだった。
「姉さん!」
「何よ、もう。こういうときはキスの1つでも2つでもするものよ、我が弟ながら本当情けない。というか、まだリーシェはお腹の傷が治ってないのだから気をつけなさい。本当、こういう気遣いができないからモテないのよ。……痛かったでしょう、大丈夫?」
「え、と、……すみません、ちょっとだけ」
「!す、すまない!そこまで考えが至らなかった」
急に
「大丈夫ですよ。変に癒着しなければいいので。私は若いですし、それなりに回復スピードも早いと思うので」
「そ、そうか?」
「ダメよ、ダメ。甘やかしたらダメよ。すぐに楽なほうへ楽なほうへと行くんだから」
「いや、そんなことは、あります、が。でも、今はわりかし真面目に……」
まるでコントのようなやりとりだ。なんだかんだ、この2人のぎこちなさも少し抜けた気がする。私が寝ている間に何かあったのだろうか。
「そうね、確かに以前に比べたらマシになっているかもね。それもこれもリーシェのおかげよ。ありがとう」
「いえ、私は何も」
「いいえ、クエリーシェルの姉として貴女に感謝するわ。この子の世話もそうだけど、リシェルは本当に変わった。見た目はもちろん、中身が特に。私が言えることではないけれど、貴女には本当に本当に感謝してるの。もちろん、ダリュードのことも。今日も本当は来たがってはいたのだけど、ずっと寝たきりだったからか身体が鈍ってしまって、今は夫に鍛え直されているところよ」
意外に大公家はスパルタ教育なのだな、と現在鍛え直されているであろうダリュードを少し不憫に思う。
「そうですか、ご無事で何よりです。ダリュード様にはリーシェは元気にしている、とお伝えください」
「えぇ、伝えておくわ」
「で、姉さんは何をしに来たんですか?」
クエリーシェルがぶっきらぼうに言うと、また小言が始まるかと思いきや「あぁ、そうそう」とトーンが変わる。
「国王から伝言。国を代表してリーシェに感謝する、って。あと、体調が戻り次第御前に参上しろ、だそうよ。もう、クエリーシェルがつきっきりでここにいるから私が伝言頼まれたのよ。そろそろ一度家に戻りなさい?いくらもうすぐ秋とはいえ、臭うわよ」
「に、臭いますか?」
「リーシェにばい菌が入っても困るでしょ」
自分の匂いを慌ててすんすんと嗅ぎ始めるクエリーシェル。始終この男は姉には敵わないらしい。どこの家でも姉は立派なようだ。
「ということで、伝言は伝えたからね」
「あぁ、姉さんありがとう。クイードにもよろしく伝えておいてくれ」
「はいはい。あの子も近くにいるんだから私に伝言なんかさせないで直接来ればいいのに、素直じゃないんだから」
そう小言を言いながら、マルグリッダは部屋を後にした。
「起きたばかりだというのにバタバタして悪かったな」
「いえ、1人で起きてもただぼんやりとしていただけでしょうし、お話できて頭が冴えた気がします」
「そうか。では、私もそろそろ行くかな。あまり無理をさせても治るものも治らんだろうしな。ゆっくり休め」
クエリーシェルが席を立つ。その姿になんとなく寂しさを覚える。
怪我をしたからだろうか、はたまた寝たきりだからだろうか、今まで感じたことのない何とも表現し難い不安が襲う。
(でも、そんなことを言っても迷惑をかけるだろうし)
「あの、ずっと付き添っていただいてありがとうございました」
「気にするな。私がしたくてしたことだ」
気にしないフリをして、とりあえず礼を言う。だが、やはりどこか寂しさは募ってきてしまって、心なしかそわそわする。
(あぁ、行ってしまう)
背を向ける彼に、思考がぐるぐると回る。
どうやって引き留めようか、と考えたときに、やはり私は彼と離れてしまうことが寂しいのだと気づく。
(でも、私がワガママを言っていいのだろうか。クエリーシェルを困らせるのではないのだろうか)
相反する思考がせめぎ合う。
その間にも、彼はどんどんと遠ざかっていき、焦りが募っていく。
(困らせたっていいじゃない。この人には、ちゃんと言わなきゃ)
黙っていたって伝わらない。後悔するくらいなら、言えることならきちんと言っておかないと。こんな小さなことで悩むなんてバカらしい。
……たった少しの勇気を出せばいいだけなのだから。
そう思考が完結したと同時に、自分が思っていたよりもずっと大きな声が口から飛び出していた。
「あ、あの!」
「ん、どうした?何か忘れ物か?」
(勇気を出せ、勇気を出せ。恥ずかしくたっていいじゃない。断られたってその時はその時よ!)
「あの、お手数ですが、……その、寝るまで一緒にいてもらってもいいですか?」
人に甘えるなんていつぶりだろうか。
慣れないことにカッと耳が熱くなる。そんな私を笑うでもなく、クエリーシェルは再び席につくと、布団から出た手を握ってくれた。
「これで良いか?」
「はい、……十分です。ありがとうございます」
大きな手に包まれる。ごわごわしてて分厚くて温かい、彼の手はそんな手だった。ゆっくりと目を閉じる。
(言って良かった)
たまには甘えてみるのもいいものだな、と思いながら、リーシェは彼の手の温もりを感じながらゆっくりと眠りについた。
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