第39話 諍い
「なぜお前と」
「そうおっしゃるなら、別の方と踊ればいいじゃないですか」
曲に合わせて優雅に踊る相手は、ニールだ。
早々にダリュードと共に踊ったあと、壁の花と化そうとしたら「ちょうどいい、来い」と強引に引っ張られ、現在に至る。
そもそも、自分が私を引っ張り出したのに、その言い草はなんなんだ。
「あそこのやつ、うちの親父と仲が良くてな。下手に告げ口されたら面倒だ」
「あぁ、ニール様もケリー様ほどとは言いませんが、婚活中ですもんね。お年、24でしたっけ?」
この男、ニール・クレバスは子爵家の第一子である。代々騎士として、国に貢献していることで爵位を与えられた、らしい。
24といえばまさに結婚適齢期。そして、後継の第一子ともなれば両親が結婚をせっつくのも頷ける。
顔は良し、位も良し、資産もそこそこ、性格は非常に難あり、という性格さえ目を瞑ってもらえれば、まぁ相手は見つかるのではないか、とも思うがそもそもクエリーシェル同様、この男もあまり女性に興味がないように思える。
というか、そもそもこの男は領主のことが好きなはず。とはいえ、こちらも家の存続のためには結婚は必要ではあろうが。
(結婚と嗜好は別よね)
「女なんてどれも同じに見える」
「それは、お医者様に診ていただいたほうが」
「本当、お前は気に食わないやつだな」
コソコソと話しながらも踊るのは忘れない。
お互いこういうことには器用なようで、上手く周りとぶつからずに踊りながら会話を続ける。はたからみたら奇妙なカップルであろう。
「クォーツ家って豪華ですよね。いつもこんなに豪華なんですか?」
「あー、いや、ここ最近急に羽振りがよくなったんじゃないか?今まで手を出してなかった貿易関係に手を出して、潤っているとは聞いているが。まぁ、それでシュタッズ家とは対立もあったしな」
「シュタッズ家と対立?」
「あぁ、有名な話だ。だから、先程マルグリッダ様がシュタッズ家を引き合いに出したときはヒヤヒヤした。あのクォーツ家の当主、バルドル・クォーツは短気だからな。議会長も勤めているが、何度か短気を起こして議会を休会させているそうだし、正直あまり関わりたくない。ヴァンデッダ様も妙な家と関わり合いになってしまった」
「まぁ、先方が気に入ったというのなら仕方ありませんよ。それに、領主様もほら、まんざらでもなさそうですよ?」
視線を彼らに移す。クエリーシェルとロゼットは、何かの話に夢中になっている。先程まで嫌がっていた態度とはまるで違っていて、とても話が弾んでいるようだ。
(あんな顔もできるんじゃないか)
人間嫌いと言っていたくせに、可愛い娘に鼻の下伸ばしてデレデレじゃないか。ここに私が来た意味があったのだろうか。
勝手に黒い感情が渦巻くのを感じつつ、曲が終わり、礼儀として一礼する。
「もう一曲踊ったほうがいいですか?」
「いや、大丈夫だ。悪かったな、行っていいぞ」
こういうところがダメなんだぞ、と内心思いながらも、再び壁に張り付く。舞踏会もいい感じに酔いが回って会場が程よく活気に満ち、熱気に包まれていた。
(今のうちに抜け出すか)
特に誰に言うでもなく、人混みに紛れてするりと抜け出す。こういう、人の目を盗んで移動するのは得意だ。それで昔はよく怒られていたが。
「一体どうなっている!」
思わず、ビクッと身体を竦めて立ち止まる。そーっと声がする方を覗き見ると、舞踏会の喧騒に紛れて、廊下の端で言い合いをしている男が2人。
恐らく、怒鳴られている方はクォーツ家当主のバルドルだ。何かあったのだろうか、とリーシェはこっそりと近づく。
「何が?」
「何がじゃないだろう!お前が用意した食材に、毒物が紛れこんでいたそうじゃないか!いいから私に任せろ、とどの口が言った!!これで何かあったら我がシュタッズ家は破産どころではない、没落せねばならんのだぞ!!!」
「それ相応の金は渡してあるはずだ。業者がミスをしてしまったとはいえ、事前に防げたのなら問題ないだろう」
「そういう問題じゃない!こちらは今、嫌疑がかけられているのだぞ!」
「遅かれ早かれ、もう資産もギリギリ。私の援助でどうにかなっているレベルなのだから、破産が早まるだけじゃないのか?」
「貴様……!!!」
今にも殴り合いの喧嘩が勃発しそうな2人に、盗み見しているのがバレないように、そのまま庭への道に向かった。
(先程の話って……)
恐らく、彼らの話は先日の晩餐会での件だろう。話の内容を察するに、バルドルといたもう1人の男はシュタッズ家の当主に間違いなさそうだ。
(あの食材はシュタッズ家ではなく、クォーツ家が用意したのか)
表向きは、信頼されているシュタッズ家が食材を用意したことになっているが、実際に食材を用意したのはクォーツ家。そして、シュタッズ家は財政難なことにつけ込まれて、クォーツ家は援助の代わりに何かを要求している。
(怪しい。うーん、これは何か庭園に隠されているのかも)
リーシェはそのまま気づかれぬように、足早に庭園へと足を進めた。
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