第38話 クォーツ家

馬車がクォーツ家に無事到着した。ダリュードのおかげで退屈することなく、普段聞けないようなたくさんの話ができて、楽しい馬車道中であった。


(また萎びてる)


一方、彼らはまるでマルグリッダに生気を吸い取られてしまったかのように、ぐったりしていた。これから舞踏会だというのに、彼らの馬車道中はさぞや大変だったのだろう、と察しつつも特に何か言うこともできず、心中で彼らをねぎらった。


「帰りはメンバーチェンジを要求する」

「じゃあ、男女別にしましょうよ」

「いえ、そういうことではなくて……!」

「ようこそいらっしゃいました、グリーデル様。皆様がお待ちです」

「本日はお招きいただき、誠にありがとうございます」


言い合いをしていると、クォーツ家の執事長らしき人に挨拶される。さすが貴族、慌てるそぶりも見せずに、すぐさま何事もなかったかのように澄ました顔をして挨拶を返す、という切り替えの早さはさすがである。


執事長から案内され後に続くと、隣にいたダリュードから手を差し出される。


「本日はエスコートさせていただきます」


ちらっと領主の顔を見ると、何だか読めない表情をしている。この配置とメンバー的に、ニールにエスコートされるよりかはダリュードにしてもらうのが無難だろう。


そもそもこの舞踏会はクエリーシェルとロゼットのために開かれたとのこと、遠縁という設定とはいえ、隣に別の女がいたら心象は悪いに決まっている。


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


ダリュードの腕に自らの腕を通す。あまりこうして男性と密着することなどなかったが、あまりダリュードと身長が変わらないことと中性的な顔立ちのせいか、そこまで緊張することなく済んだ。


「ようこそ、グリーデル大公夫人、ヴァンデッダ卿!」

「本日はお招きいただきありがとうございます。ごめんなさいね、主人は忙しくて来れなくて」

「いえいえ、ダンクス様がお忙しいことは重々承知しておりますわ」


そういえば、グリーデル大公は多忙で欠席だとマルグリッダは事前に言っていたが、領主の雰囲気を察するに、何となく違う理由の気がする。あくまでただの勘だが。


それにしても、クォーツ家はさすが侯爵家というだけはある。クエリーシェルが元々頓着がないせいというのもあるが、クォーツ家はどこもかしこも、領主の家とは比べものにならないほど豪華であった。


シャンデリアに家具、花に料理まで一体総額いくらかかっているか、聞くだけでも恐ろしいほど高価そうなものばかりが溢れている。


あまりキョロキョロと見回すのは不躾だと思うので、努めて澄ました顔をしてはいるものの、正直全部見て回りたいくらいには興味深いものばかりだった。


(この一画だけでも総額にしたら、城もう1つくらい建てられるんじゃないかしら)


随分とこのクォーツ家は羽振りがいいんだな、と少し下世話な興味がわく。昨今、この戦乱の世ということで資産のない名ばかり貴族が多いという中、この侯爵という地位と、これほどの資産を保つというのはすごいと言わざるを得ない。


(シュタッズ家も1、2を争う大富豪と聞いていたけれど、これよりもシュタッズ家は上ということかしら)


それならば、シュタッズ家も見てみたいような気もする。勝手に色々と妄想しながらも一向にはぐれることなく、歩いていく。


ダリュードがエスコートしてくれているおかげで、思考を巡らせていても勝手に歩みが進むのは、失礼だがとても便利であった。


「これはこれは、グリーデル大公夫人。ヴァンデッダ卿も、先日は同じ会場にいたというのに挨拶もできず」


恐らく、この男がこのクォーツ家の当主であろう。整えられた髭にぎょろりと鋭い目、少しふっくらとした体つきで少々アンバランスさを感じ、にこやかな顔つきとは裏腹に、どこか不遜さを感じた。


「いえ、シュタッズ家のパーティーですもの。会えるものも会えませんわ」

「……確かに、そう言われれば、そうですな」


ぎょろりと目が動く。その動きの鋭さに胸がざわつく。恐らく感情が表に出やすいのだろう、マルグリッダの言葉に対し、不快な感情が出ているのがよくわかる。


あまりシュタッズ家と仲がよくないのだろうか、だがシュタッズ家のパーティーで顔を合わせなかったと言っていたということは、パーティーに呼ばれていたということだろう。


(あとで領主にでも聞いてみるか)


聞き出すために酒でも用意しようか、と頭の片隅で考えていると、当主から視線を集めていることに気づいた。その、不躾にまじまじと見られていることに、思わず鳥肌が立つ。


「失礼ですが、そちらのお嬢さんは?」

「あぁ、グリーデル家の遠縁の娘なんです。普段は地方に住んでいて。あまり舞踏会に出たことがなくて、ぜひこちらでデビューさせていただこうかと」

「なるほど」

「リーシェと申します」


ドレスの裾を持ち、軽く挨拶をする。視線は未だ外れず、不快感は拭えなかった。


「……あの、何か無作法を致しましたでしょうか?」

「あぁ、特に他意はない。少々、知った人物に似てるような気がしていてね」

「似ている人物は、世の中に3人はいるのだと聞いたことがありますわ!私もぜひ、自分に似た方とお会いしてみたいわ!」


マルグリッダが上手く話を逸らしてくれる。そして領主も彼の視線に気づいたようで、遮るように私を隠してくれた。ここで下手に勘ぐられても困る。メイドだとバレるだけでなく、本来の私に気づかれてしまうと非常に面倒なことになる。


(私を勘ぐっていたようだけど、面識はないはず)


胸がざわつく。こんな小娘に一体何を勘ぐっているのだろうか。


(嫌な予感がする)


警戒するに越したことはなさそうだ。


「あそこでロゼット、ずっと首を長くして待っていたのよ」

「あら、ふふふ、可愛らしいこと。ほら、クエリーシェル、お姫様がお待ちよ。今日はせっかくクォーツ家の邸宅にお呼ばれしているのだし、ダンスだけでなくてご自慢の庭園をぜひ見せていただいたら?」

「あぁ、ごめんなさい。今日は事情があって庭園を出入り禁止にしているの」

「あら、……そうなの。それは残念ね。ぜひともまた今度見せてちょうだい」


自慢の庭園、出入り禁止、この2つの相対するワードにちょっと興味がわく。


(あとでこっそり見に行こう)


リーシェはそう心の中で思うと、彼らと共にホールへと入っていったのだった。

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