第35話 マルグリッダ襲来

狩りをしてから数日経った。


あのあと2人で毎日空を見上げては、気象予報をして実際の雲行きと照らし合わせる、ということをしている。


だが、国王の密命についてはうんともすんともだった。


シュタッズ家が大きな貿易商ということで何か手がかりになれば、と買い物と言いながら港町に行って情報収集するも、有力な情報はなく、少々手詰まりではあった。


(私にはシュタッズ家に入り込むコネとかないしなぁ、うーん、どうしたものか)


家の掃除をしながら、うんうんうんうんと唸りながら悩んでる時だった。


「リシェル!!!」


大きな声が響くと共に、ドンっと大きな音がした。大きな音の方は玄関ではなく、家の中からだったので、恐らく領主が椅子か何かから落ちた音だろう。


(盛大に落ちたようだから、あとで湿布がわりに外に生えているヒメフウロを貼っておかないと。確か、庭の端に生えてたはず)


リーシェは玄関に向かい戸を開けると、そこには自分よりも少し背の高い細身の女性がいた。


「まぁ!貴女がリシェルのメイドさんね!」


その言葉で何となく察したリーシェは、うやうやしくお辞儀をした。


「リーシェと申します。先日より雇われて、こちらで住み込みで働かせていただいております」

「リシェルから聞いてるわ。私はクエリーシェルの姉のマルグリッダよ。それにしても、本当に可愛らしいお嬢さんね。それで、とっても有能だとか!1人だとこの城の管理は大変でしょう?」

「……姉さん。立ち話はいいから、とりあえず入ったら?」


奥から領主の声がすると思って振り返れば、やはり盛大に腰を打ったのか、自らの大きな手で腰をさすっていた。


「そうね、失礼するわ」

「リーシェ、お茶の用意を」

「かしこまりました」


頭を下げたあと、キッチンへ向かう。お茶、お茶、お茶、一体何のお茶にしようかな、と考えながら茶葉を選定する。


(あの慌てよう、お姉様が苦手なのかしら。それとも、何か疚しいことでもあるのか)


勝手に想像しながら応接間に行くと、予想は的中したようで、領主は小さくなっていた。


「貴方、招待状のお返事をまだ出してないと聞いたけど?」

「最近、少々忙しくて」

「聞いてますよ、先日は狩猟に出掛けたとか。領主の仕事も以前に比べてやっているとは聞いてますけど、縁を結ぶのも大事な仕事。社交界に出るものとして、その辺りはきちんと教育したつもりですが」

「えぇ、まぁ、心得てはいるんですが……」


大きな領主が自分よりも背丈の小さな女性に言い負かされているというのは、なんだか新鮮である。いや、私も存外に使用人としてあらぬ態度をとってしまうこともままあるが、それでも一応弁えてるつもりではある。


だが、さすがの身内、ガンガン攻めている。


「リシェルの気持ちはわかるけど、ずっと独り身を貫くつもり?女性嫌いだって、この子を雇えるくらいには良くなっているのでしょう?別に今すぐ結婚だ子供だ、と言ってるわけじゃないの。ただ、たくさんの方々と会ってみたら、相性が合う方がいないとも限らないでしょう?まずは会ってみないと。話はそれからよ」


黙り込む領主。


(やはり、彼は女性嫌いだったのか)


なんとなくそんな気はしていたというか、そもそもそっちの気があると思っていたし驚きはない。だがしかし、家の継続となると跡取りが必要だという意見には同意である。


資産家で気遣いに長け、優しい。伴侶にするには申し分ない相手だといえよう。


だからこそ、リーシェも先日の舞踏会の準備では気合いを入れた。依頼されたから、というのもあるが、何よりも領主に素敵な伴侶を探して欲しいからに他ならなかった。


「わかった。でも、少しだけワガママを言っていいだろうか」

「何?私で聞けることなら何でも言って」

「リーシェも同伴させたいのですが」

「それは何故?」

「彼女がいると、落ち着けるからです」


急に突拍子もないことを言い始める領主に、苦言を呈そうかと思った。だが、そこでもし社交界に多少なりとも出入りできれば、密偵の件に関してもうちょっと情報が得られるのではないかと気づく。


(ケリー様のためにはあまりよろしくないが、王命も大事だし。……悩ましい)


姉もまさか、大の男が保護者のようにメイドを連れていけ、などと言うとは思っていなかったのだろう、何とも言えない顔をしている。


しかし、何かを天秤にかけたのか「仕方ありません、その代わりニールも連れて行きなさい」と渋々許可を出した。


「ありがとうございます」

「先方にはこちらから伝えておくから、今すぐ返事を出すこと。なるべく、日程が被ってないものは行くように。聞きたいことがあるなら答えるから、聞きなさい」

「わかりました」

「リーシェ、こちらに来なさい」


マルグリッダに呼ばれ、あとについていく。何か言われるのだろうか。まさか領主の監督不行き届きで解雇とかないよね、と心配しながらついて行った先は、彼女の部屋だった。


「ここ、以前は私の部屋だったのだけど、綺麗に掃除してくれてるのね。どうもありがとう」

「いえ、感謝されるほどのことでは」


素直に思った通りのことを返せば、マルグリッダに苦笑される。


「それにしても、困った弟でごめんなさいね。迷惑をかけてない?あの子、ちょっと色々あって女性が苦手なのだけど、嫌な思いはしてない?」

「全く。いつもとてもお優しくて、こんなメイドの私にも、たくさんの気遣いをしていただいております」

「そう」


普段は離れて暮らしているからだろうか、本当に彼のことを心配しているのがよく伝わる。


彼女は彼女なりに気苦労が絶えないのだろう。大公夫人であればそれなりに夫を支えねばならないことも多いだろうし、きっとこの方も、とても有能なのだろうことが想像できる。


「それで、リシェルのワガママで申し訳ないんだけど、一緒に来て貰える?……そうね、関係としては、遠縁ってことにしておくから」

「承知しました」

「マナーとかダンスとかは大丈夫?リシェルが言うには、貴女は何でもそつなくこなすというし、国王陛下もそこまで弟が心配なら、メイドを連れて行けというし」


(国王、何気に私の行き詰まりに気づいていたのか)


本当に食えないお人だと思いながらも、「私はあくまでメイドですので、なるべく前に出ないように努めます。ニール様もいらっしゃるのであれば、ニール様とご一緒に見守りさせていただきます」と答えると、満足していただけたのか、表情が和らいだ。


「そうそう、うちの息子も連れて行くわ。今13なの、貴女と年が近いから、よろしくね」

「はい」

「あと、装飾品やドレスとかはここのものを好きなだけ使っていいわ。もし新たに買い足すなら、リシェルに言ってちょうだい」

「いえ、こちらにあるものだけで充分です」


実際に、クローゼットの中にはこれでもか、と言うほどのドレスが入っている。嫁入りである程度持って行ったであろうに、この量はある意味すごい。恐らくドレス道楽な方なのだろう。


「そうは言ってもねぇ、ほらせっかくだから流行り物を着たほうが、ね?やっぱり仕立てましょう。私が出すわ」

「ですが……!」

「私ずっと女の子が欲しかったのよ!だから、私の夢を叶えると思って、ね?」

「申し訳ありません、ありがとうございます」


(こういうところは姉弟似ているな)


顔もよく見ると似ている。やはり兄弟とは似るものなのか、と思いながら、私にも姉に似ている部分はあるのだろうか、とリーシェは密かに考えるのだった。

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