第34話 狩り
意外だった。
いや、意外というのは失礼か。でもまさか、領主が無双レベルですごいとは思わなかった。
まさに戦闘狂といっても遜色ないのではなかろうか。狙った獲物は逃がさない、と言わんばかりに無駄な動きを一切なく、急所を狙い、次々と獲物を仕留めていく。ちょっと恐いくらいだ。
だが、さすが戦地に何度も赴いているだけはある。そして私はといえば、せっせと罠を作っているか、矢を作っているかしかしていない。いや、一応矢の調達と言って、内密にここの現地調査はしているけども。
「だいぶ獲れたな」
魚3匹、ウサギが3羽、リスが2匹、鹿が1頭。充分過ぎるくらいである。というか、私が狩りをしたいと言ったのに、ほぼ狩りを楽しんでたのは領主である。
イマイチ納得がいかないが、ここで不平を言っても仕方がないので、適当に下処理だけでも済ませる。ここで上手く血抜きをしておかないと、味に差し支えてしまう。
「慣れたものだな」
「何度もやってますので」
正直、動物の解体は手間である。重労働と言ってもいいだろう。それくらい気力と体力とスピードが必要だ。
というのも、死んでから捌き始めると肉に血の味が移ってしまうため、なるべく早く、生きたまま捌かねばならない。
いくら脳震盪を起こさせてぐったりさせるとはいえ、生きているものを捌くというのは、体力的にも精神的にもつらい。
だが、何度も何度も繰り返し身体が覚えるほど行えば、いかに早く綺麗に解体できるか自然と身体も覚えてくる。とはいえ、さすがに鹿を1頭丸々解体するのは初めてであるが。
「鹿」
「ちょうどいてな」
さらっと言ってのけることではない。子鹿で大人に比べてサイズはそこまでないが、うーん……。
とりあえず、このまま傍観していても埒があかないので、意を決して解体することにした。もちろん、人手はあって損はないので領主にも手伝ってもらう。
「ここを持てばいいのか?」
「はい、そこをしっかりと持っていてください」
そして内臓を取り出して、袋に詰めておく。この際に雑菌の付着を防ぐため毛皮に触れないように気をつけることも忘れない。
その後はそれぞれ肉を捌き、毛皮を剥いでいく。やはり慣れていない大きさなぶん、少々手間取ったものの、どうにか解体することはできた。及第点くらいはもらえるほどの仕上がりではあるだろう。
「はぁぁぁぁ、お疲れさまでした」
「あぁ、すごいな、見事だった。疲れただろう、昼食にしようか」
手は小川で綺麗に洗い、汗をタオルで拭ったあと、用意しておいた敷物に腰掛ける。本当は、解体で心身ともにヘトヘトなので敷いたシートの上で寝そべりたいくらいだが、さすがに雇い主の前でそんな醜態は晒せないので、グッと我慢した。
「サンドイッチ」
「一応、ちゃんと挟み直しました」
「すまなかったな」
「気にしないでください」
ワインを開けようとしたが、飲酒状態で大量の荷物を持ちながら乗馬は危ないと却下され、お互いに水だけにすることにした。なんとも味気ないピクニックにさせてしまったが、特に領主は気にしていないようだった。
「あんまりお酒得意じゃないんですか?」
「そうだな。飲むとつい、飲みすぎる」
言われてみれば、確かに以前酩酊状態で帰ってきたのを思い出す。うん、あれの二の舞は困る。
「このあとはどうする?」
「そうですね。罠を回収して……」
雨の匂いがした気がして、不意に空を見上げる。遠くでちぎれ雲が物凄いスピードで動き、真上では乱層雲が広がっているのを見て、慌てて持っていたサンドイッチを口に押し込む。
「どうした?」
「ぐふっ、んぐ、ん……っ、雨が降りますので、片付けます……っ!」
バタバタと慌ただしく片付け始める姿を見て、領主はなんとも不思議な顔をしていた。確かに雲は厚くはなってきているが、そんな急に、と彼が言ったところで、ザーッと雨が降ってくる。
「ケリー様、こちらに!」
「あ、あぁ」
近くに洞穴を見つけて中に入る。元は熊が住んでいたのだろうか、ところどころに獣の毛が落ちている。馬もきちんと避難させたが、多少濡れてしまったのか、身体を大きく震わせて水滴を落としていた。
「なぜ、雨が降るとわかったんだ」
「空を見ればわかります」
「空?」
なかなか、天候を読むために空など見る人などいないだろう。ある意味、こういう部分は占術に通じるところがある。実際はただどんな雲が発生しているかを見て、今後の天気を予報するだけなのだが。
「雨雲には大体前触れがあります。天気雨といえど、まったく雲や風がないことはないですし、雷雨になりそうな雲や雪になりそうな雲など、空を見れば大体のことがわかります」
「なるほど、それで雨に降られずに洗濯物を干していたのか」
以前、雨が降る前に洗濯物を取り込んでいたのを見られていたようだ。確かにあのときも、通り雨がきそうだと、洗濯物を慌てて取り込んだ記憶がある。
「もし、詳しくお知りになりたいのでしたらお教えしますよ」
「そうだな、役に立ちそうだ。教えてくれ」
天候に関しては実際に見てみないと伝わりにくいので、日々の天気を見ながら学ぼうということになった。
そしてそうこうしているうちに、通り雨はすぎ、2人は狩りを終え、帰路につくのだった。
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