第22話 ダンス

「まぁ、クォーツ夫人。お久しぶり、ご機嫌いかが?」

「グリーデル大公夫人!いらしてたのですね!」


姉は知り合いを見つけたのか、急にテンションが上がる。姉はこういう溌剌はつらつとしていて、私と違い社交性に富んだ人なので、特に何を言うでなくそっと距離をおく。


すると、まだあどけなさが残る少女が隣にいることに気づいた。


「こんにちは」

「!こ、こんにちは……っ!」


声をかけると驚かれる。まぁ、無理もない。いくらそれなりに着飾ったとしても、こんな図体ばかりでかい男に声をかけられても、嫌に決まっている。


さて、どこかへ移動しようか、と踵を返そうとすると「クエリーシェル!」と姉から声がかけられる。


このように愛称でなく名前で呼ばれるときは何かあるときだ、と経験則から推察するが、だからと言って対処法もなく、自分にはどうすることもできなかった。


「何でしょうか」

「こちら、クォーツ侯爵夫人。ほら、議会長を勤めていらっしゃるクォーツ侯爵の奥様。そして、貴方の隣にいるのがお嬢様よ」


(あぁ、あの議会長)


正直あの議会長は得意ではない、というか苦手だ。すごく手厳しいというか、高圧的で押し付けがましいところがどうも好きになれないのだ。


というか、シュタッズ家とクォーツ家は以前何かの折に仲違いしていたと思っていたが、親交が復活したのか?と余計なことを思いつつ、促されて「クエリーシェル・ヴァンデッダと申します」と紳士然として挨拶する。


「ほら、ロゼットも」

「ろ、ロゼット・クォーツです」


ロゼットも母親に促されて挨拶をしてくるが、目に見えて緊張していた。


年はリーシェと近いか、それよりもちょっと上か。少しだけそばかすが浮いた顔は幼く見え、さらに挙動からも幼い印象を助長させた。


「この子ったら奥手というかなんというか、引っ込み思案でねぇ、いつもこうなのよ」

「まぁまぁ、まだ若いですし。そのように、奥ゆかしくて可愛らしいのが好きな殿方はたくさんいらっしゃいますよ」

「そうは言っても、この子の姉はもう嫁いで子供までいるっていうのに。この子はもう19ですし、そろそろ20にもなるっていうのに」

「お母様、そういうこと言わないで!」


(私は場違いではないだろうか)


こういう女性同士の会話は苦手である。


どこで相槌を打てばいいのか、下手なことを言って相手の機嫌を損ねないかなど、女性の会話には地雷がたくさん敷き詰められているので、立ち位置やタイミングを間違えただけで評価が一気に変わる。


だから、女性との会話は常に気を張らねばならないことは頭ではわかってはいるのだが、正直とても疲れるのでできればなるべく避けたかった。


特に、こうして女性複数人での会話は最も苦手な部類である。


そんな私の感情を察したのか、姉がちらりとこちらを見たと思えば、すぐさま話を切り替えた。


「嫌だわ、気がつかないで。せっかく若い……片方は若くないけど、未婚の2人がいるんだもの。今日は舞踏会なのだから、踊らないとね!ほら、リシェル、ボサッとしてないでエスコートなさい」

「え、えぇ。ロゼット嬢、お相手していただいても?」

「あ、はい。もちろん、喜んで」


緊張で、ぎこちない彼女の細く小さな手を取る。色白なのか、はたまた血の気がひいているのか、彼女の肌は陶磁器のように白かった。


(強く握ったら、折れてしまいそうだ)


確かに人によっては庇護欲に駆られるかもしれないが、クエリーシェルは正直あまりにか弱そうで、まるで幼子をあやしているような気分になった。


(とはいえ舞踏会に来ているのだから、きちんとそれらしく振る舞わねば)


自分で自分に言い聞かせる。それが重く、どんよりと自分の心の枷となっていることにクエリーシェルは気づかないまま、周りの紳士と同様にあまり歩みは早めすぎず、ゆっくりとダンスホールへと向かう。


その辺りの紳士作法は、いくらこういう場から遠退いていたとしても、さすがに身についているというか染みついていた。


「ク、クエリーシェル様はダンス、お得意ですか?」

「ほどほどに。ロゼット嬢は?」

「私はあまり得意ではないので、もし足を踏んでしまったら申し訳ありません」

「いやいや、少し踏まれたくらいでこの身体です、びくともしません。そもそもダンスの技量は男性側が試されるものです。もし、バランスを崩したりテンポに乗れなかったりしたら、私の責任ですのでお気になさらず」

「お、お気遣いありがとうございます」


曲に合わせて、なるべくステップをゆっくりと踏む。


ちらりと周りを見ると、姉やニールや他の令嬢方がこちらを見ているのに気づいたが、その視線と合わせることなくロゼットをリードしつつ踊った。


確かに本人が苦手と言っただけあるというか、緊張のせいでよりぎこちなく、少しステップが乱れたが、どうにか上手くリードして、無事に踊り終えることができた。


曲が終わり、ゆっくりと向き合うと彼女は肌を上気させて、瞳を輝かせていた。


「は、初めて、初めて、こんなに踊れました!」

「それは良かったです」


頬を赤らめながら、興奮気味に話す少女は可愛らしかった。あくまで幼子を見ているような気持ちなのだが、リーシェと違って年齢相応の姿に頬が緩む。


さて、姉に私も少しは大人なところを見せられただろうか、とフロアから出ようとしたらグッと服の袖を握り締められる。


「ん?」

「あの、もう一曲、もう一曲だけ、ご一緒いただけないでしょうか」

「え、あぁ、もちろん、かまいませんが。また私とでよろしいのですか?」

「えぇ、ぜひ!クエリーシェル様と踊りたいです」


姉が満面の笑みでこちらを見ているのを、視界の端に捉える。女性から誘わせてしまったことを恥じつつも、周りは私達のこのやり取りなど気づいていないだろう、と澄まして再びダンスを始める。


結局、その後ももう一曲踊ることになり、踊りきったあとはやっとお役ご免だと彼女にバレないよう、陰ながら、ふぅと小さく溜息をついてしまった。


(慣れないことはするもんじゃないな)


その後も、何人か愛想笑いを浮かべながらご令嬢と歓談したり踊ったりしたが、クエリーシェルはただただ「早く家に帰りたい」と本来の目的も忘れ、舞踏会が終わるのを待ち望むのだった。

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