第13話 着飾る
「結婚式、か」
先程、領主には結婚式に出席したことがないと言ったが、本当は一度だけ出たことがある。だが、それはあまりいい思い出ではなかった。
別に、当日に何かがあったわけではない。結婚式当日はそれはそれは素晴らしく、感動したものだ。
だからこそ、祝われていた夫婦の行く末があまり芳しくないものだったため、結婚式の印象の反動が大きくて、自然とその悲しい結末に心が引っ張られてしまう。
「姉様……」
(もう過去とは決別したのだから)
手早く着替えを済ませ、髪を上部だけ持ち上げてゆるく三つ編みをし、ハーフアップで結わえる。普段はきっちりと結い上げてしまうのだが、祝いの席ということで、ちょっとだけ華やかな髪型にする。
装飾品はたくさんあったものの、使用人の分際で手出しするのは躊躇いがあったので、あえて手はつけなかった。
「お待たせ致しました」
「いや、私も今終えたところだ。うむ、似合っている。服はやはり着ている者がいてこそだな」
「ありがとうございます」
お呼ばれということで、エメラルドグリーンの、できるだけシンプルで色味が明るいドレスを選んだのだが、お気に召してもらえたようだ。
まぁ、このような衣装、使用人が着るものではないのは間違いないが。
(なんか、見られると気恥ずかしいものがあるな)
注目を集めることが得意でないリーシェは、なるべく俯く。すると、クエリーシェルが彼女の髪に触れた。
「祝いの花で用意させたのだが、せっかくだ、挿しておけ」
「え?」
「これでさらに華やぐ」
チラッと鏡を覗くと、そこには黄色いガーベラが一輪挿さっていた。ドレスの色味と合わさって綺麗に見える。
「ありがとうございます」
自分が着飾ることなど久しぶりだったが、胸がざわつく。自分の感情が起伏することに自身でも戸惑いがあり、それを隠すようにクエリーシェルの格好を見て紛らわす。
彼は手持ちの衣装で一番上等であるものを用意したらしい。
だが、髪を適当に結わえたのか、あまり整っているとは言いがたがった。
「
「ダメだったか?」
「そうですね。もう少しきっちりと整えた方が良いと思います」
そう言ってブラシを持ってくると、彼の髪を梳き、痛みが出ない程度に結わえると、香油できっちりとまとめる。
(うん、完璧)
「いかがでしょうか?」
「あぁ、確かにこのほうが見栄えが良いな」
「それとハンカチーフを。刺繍の練習がてら縫ったものがありますのでお持ちください」
「これはプレゼントということでいいのか?」
「?えぇ、構いませんが」
差し出された手にハンカチーフを渡すと、少しだけ口元が緩む領主。何となく機嫌が良い気がする領主を微笑ましく思いながら眺めていると、視界の端にあからさまに不機嫌なニールが映る。
先程から異様に憎悪を向けられてる気がするが、まだそれほど接点がないというのに、一体何に対して苛立っているのだろうか。
私と領主の年齢差を考えても、まぁ、……あり得なくはないかもしれないが、実際問題同性愛者に対して何かアクションを起こす気など毛頭ないし、そもそも現状の身分差で、そういう間違いが起こるということは稀であろう。
だから、心ゆくまで彼とは仲睦まじくしていて欲しいのだが。
「馬車の用意ができました」
「あぁ、ありがとう。では行くか」
手を差し出される。首を傾げると、今度のパーティーの予行練習だ、と続けられる。
(なるほど、確かに。いい練習相手にはなるものね)
エスコートされたのなんていつぶりだろうか、なんて記憶が呼び起こされそうになるのを振り切って、思考を止める。
(考えない、考えない)
ニールが恨めしそうに見ているのは気づきつつも、上手くフォローすることもできず、リーシェは用意された馬車に乗り込むのだった。
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