第119話 家族に囲まれる青年

 現在、夜中である。月と星以外に光は全く無く、日本とは思えないほど外は暗い。


「名前」

「えっ」


 この、丘の上の仮設住宅は、4棟。

 1棟は、愛月とカエルムが眠っている。

 1棟は、きさらぎと神奈、アレックスの『佐々原家』が使っている。

 1棟は、シレークスとディアナの『エバンス家』が使っている。

 そして、もう1棟が、『川上家』用なのだが。


「あんたが決めてよ。まあ、今すぐじゃないけどさ」

「俺で良いのか?」

「『月』を入れたいんじゃないの?」

「いや……。そんな縛りは別に無いと思うぞ」

「あんたの母親は?」

「愛月」

「お祖母ちゃんは?」

「香月」

「あんたは?」

「文月」

「縛ってんじゃん」

「マジかよっ!」


 文月が起きてからは、アルテとセレネは『エバンス家』で寝泊まりしている。気を遣われているのだ。ふたりは確かにシレークスの実の娘ではあるが。


「え、気付いて無かったの?」

「いや、そこまで考えたこと無かったっていうか。……俺に子供できるなんて完全に予想外だった」

「毎回きちんと中で出しといてよく言えるわね無責任クソ野郎」

「う……。すまん」

「いや別に怒ってないわよ。それより名前。考えときなさいよ」

「男女どっちだ?」

「まだ分かんないわよ。ていうかそんな検査できる機械も無いわよ」

「確かにそうだ。……え、それって病院も無いよな。出産相当大変じゃ……」

「そうよ。終末後の最初の出産ね。このコミュニティでは。……正直不安だらけだけど」

「…………すまん」

「だからなんで謝るのよ」


 身重な美裟の生活を補佐する為に、文月は殆ど町へは降りていない。『終末』に少なからず責任を感じている為仕事をしなければとは思うのだが、シレークスに『いらねえ』と言われている。世界がこんな状況でも、産休と育休があるらしい。


「町には、設備は無いけどお医者さんも居るし。いざとなったら呼んできたら大丈夫よ。今も既に、週に1度来て貰ってるし」

「そういや、なんで俺達だけこんな丘の上に居るんだ? 不便だろ」

「……はぁ~」

「えっ」


 文月の疑問に、美裟は深く溜め息を吐いた。


「いや、あんたが言ったんじゃないのよ」

「え? 俺は寝てたろ」

「『どっか丘の上で、家族全員』って」

「あっ!」


 いつだったか、もう思い出せないが。そんな話を。そんな理想を。そんな夢を話したことがあった気がする。

 だから、シレークスに訊かれたのだ。どうだ? と。


「全員、完璧とは言えないけど。あんただけは、ほぼほぼ目的は達成できたんじゃないの?」

「…………確かに。俺の、為に」

「そうよ。あんたの為に、皆集まってるのよ。町の人達も見た? 『夜』メンバーもね。自分の故郷を心配する人も居るけど、でもここに留まってる。愛月さんの身体があるってのもあるでしょうけど。あんたも立派に『ボス』なんだから」

「!」


 この町は。『文月の町』と言っても過言ではなかった。半分は被災者だが、その多くは『夜』の協力があったからこそここまで復興できているのだ。


「あたしの両親や、ディアナちゃんの祖父母もそうだけど。アルバートとか、堕天島や月影島に家族が居るメンバーは多いのよ」

「!」

「……早く、探してあげないとね。『ボス』」

「…………おう」


 『夜』は、組織である。組織には、目的がある。

 終わりではない。『終末』を乗り越えても。まだまだやることは沢山ある。人類の復興は勿論、構成員の家族の安否を確かめなければならない。それは文月が、ボスとして切るべき舵だ。


「今は、あんたと。あたしと、赤ちゃんの為に、ここに留まってくれてるのよ。予定日は分からないけど、多分5月くらいだから。動くとしてもそれからね」

「分かった。……明日、一度町へ降りるよ」

「そうした方が良いわね。あんたの顔見ると、皆喜ぶと思うわ」


 ここを拠点として。捜索隊を作る必要がある。ただ生きるだけでなく、その為の準備を、今からせねばならない。

 文月は、自分の身体から活力が湧いてくるような気がした。


「そう言えば、ケイ達は?」

「……さあね。少なくともこの町には居ないわ。3人とも。いや……4人とも」

「4人?」

「色葉さんも妊娠してたのよ」

「マジかよっ!」

「どこかで普通に暮らしていると思うわ。まあ、あの人達なら心配要らないでしょ」

「……確かに」

「これから冬だから、少しだけ心配だけどね。あんたも、働いた方が良いかもね」

「ああ。……でも、お前をここにひとりにはできないだろ」

「あら嬉しい。じゃあ誰かに頼むわよ。双子でも、ディアナちゃんでも、きさらぎさんでも」

「ああ」

「よいしょっと」


 美裟はおもむろに立ち上がり、外へ出た。


「おいおいどうした」

「良いじゃない。ちょっと散歩よ」


 慌てて文月も、咄嗟にコートを持ち出してそれに続いた。


——


「……これで、良かったのかしら」

「?」


 椅子を持ってきて、崖から景色が見えるように座る。今夜は月が出ているため、完全な暗闇ではなかった。


「何をしに、日本を出たんだっけと、ふと考えるのよ」

「…………俺の母さんに、会うためだった」

「そうよね。最初は、それだけ。それが、戦争に巻き込まれて、月まで行って、金星、太陽。……神様に喧嘩を売って。世界は滅亡」

「…………」

「聞いたわよ。終末は予定通りで、あたし達のせいじゃないって。でも、それなら天界まで行かずに、上空で避難だけしていれば、愛月さんも死ななかったし、魔術も奇跡も無くならなかった」

「でも、そうしたら父さんやシレークスに会えなかった」

「そうよね。確かにそう。魔術や奇跡が残ってるってことは、まだ天界の支配が続いてるってことだし。どっちが良かったかなんて、人それぞれの主観でしかない」


 空にはオリオン座が見える。月も輝いている。あそこには、ツクヨミやホウラ達も居るのだろう。


「『ルール』を破壊するという愛月さんの目的は、どうなのかしら」

「…………生死については、神が決めたルールじゃないから、結局祖母さんや伯父さんには会えないよな」

「でも、天界の支配からは抜け出した。それは一部、叶っているわよね」

「……まあな。母さんがどう思うかだけど」

「…………あたしは、概ね満足よ」

「!」


 月光に照らされた美裟は、いつもより美しく見えた。


「あの時、断ってたら。あんたと同じ道を行く決断をしていなかったら。……きっと、こうはならなかった。あんたと結婚もしてないし、あんたとの子供を授かることもなかった」

「……ああ」

「この子は。……そうして生まれてくるのよ。それって『奇跡』じゃないかしら。あたしの決断ひとつで、生まれなかったかもしれないのよ」

「…………」


 自分のお腹を撫でる。まだ小さいが、はっきりと大きくなっていることが分かる。これからどんどん大きくなるだろう。こうして散歩も、気軽にできなくなる。


「……月が綺麗ね」

「そうだな……」


——


「あんたは、どうなのよ」

「ん」

「この旅を経て。どうなのよ」

「…………」


 父を、捜していた。母と再会し、家族3人で暮らすことを夢見ていた。

 文月は。


 双子の、しかも異父姉妹がいると判明し。


「あの手紙が、全ての始まりだったな」

「そうね。吃驚したわよ」

「アルテとセレネは。良い子でよかったよな」

「あんたには勿体無いほどね。ほんとに賢くて、優しい子達」


 その双子にも、異母姉妹が居て。

 その母親と会い。別れ。


「ディアナちゃんには最初殴られてたわよねあんた」

「あー……そうだっけ」

「ソフィアさんにも、驚いたけど」

「あれはな。……ちょっと辛かった」


 そして、自分の母親と再会して。


「母さん、若すぎだよな」

「本当よ。何よ33って。うちの親は50だったのに」

「あれでめちゃくちゃスキンシップしてくるからな」

「息子としても色々考えるわよね……」


 それから、再従姉と、その娘に会いに行って。


「姉さんは、最初から死んでたよな」

「笑い話じゃないけどね。無事で良かったわ」

「そういや、神奈ちゃんも奇跡持ちだったんだよな」

「最後まで隠し通したらしいわね」


 地球を離れて。


 月で、異父姉妹の父親と会った。


「シレークスは、もうぶっ飛んでたなあ」

「ほんとよ。あたし第一印象最悪だからね。大っ嫌いだったわ」

「皆そうだと思うぞ。まあ、話せば分かってくれたけど」

「今や普通に気の良いおっちゃんてのもギャップよね」


 月を離れて。

 金星で、父に対面した。


「あれこそ吃驚したわ。文月のお父さんと思ったら、愛月さんが死んだとか言って。意味不明だったわよ」

「代償があったんだよな。だから、俺の夢に干渉するしかなかった。でも一応、母さんは自分が死ぬことも計画の内に入れてたっぽいんだよな」

「ほんと、何者なのよあんたの両親」

「あはは……」


 その後。


「……あたしも、その『家族』に入れてくれて。ありがとう文月」

「なっ。……なんだよいきなり」


 文月の、ネフィリムとしての。

 終末を股に掛ける、家族を巡る旅は。


 一端、ここで終わりを告げる。


「あんたの、新しい家族が。今度産まれるのよ」

「……そうだな。ありがとう」

「ん」


 椅子を隣まで持ってきて座り。

 美裟のお腹を撫でた。妹達にしてきたように、優しく。


「俺の、隣に居てくれて」

「…………ええ。ずっと居るわよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る