第6章:佐々原きさらぎ

第63話 初任務

「愛月様っ!!」

「なあに、慌ただしいわね」


 それは唐突だった。

 愛月の執務室に飛び込んで来たのは、アレックス。


「……『月影島』から、専用回線ですっ!」

「はいはい。繋いで頂戴」


 アレックスがこうも慌てているのだ。一大事だと考えて良いだろう。

 しかし愛月はボスとして、何事にも冷静に向き合わなければならない。


『……川上愛月か』

「ええそうよ。あなたはだあれ?」


 愛月が所有する3つの島は、誰にも妨害・傍受されない専用の魔術的回線で繋がっている。つまり、人の手では到達できない『九歌島』に居る愛月とコンタクトを取りたいならば。


『この島は我々が占拠した。下手な事を言うなよ。住民をひとりひとり殺していくぞ』


 こうするしかない。


——


「そう。要求は?」

『話が早くて助かるぜ。「半魔」のガキだ。2匹とも寄越しな』

「それは無理ね。絶対無理」

『なに言ってんだ。これは命令だぜ。さもないと』

「ええ。島の人達を皆殺しにしようが、無理ね。わたしは島を放棄して終了。あなた達は無駄な努力をしただけ。英国領海だから、連絡を取って完全包囲。魔女も殺してるなら結界も消えるしね。しかも誰が魔女かあなた達には分からないでしょう」

『な…………』


 だが。取引には限度がある。愛月の『目的達成』に対する優先度的に、その要求は取引にすらなっていない。


『……ザ……おい馬鹿! 貸せ!』

「あら、選手交替?」

『ふん。……まあ悪かったな。雑魚が勝手に電話しちまって』

「あらぁ、その声……」


 相手が代わった。少しだけ、雰囲気も変わる。


『「佐々原きさらぎと娘の神奈」の居場所を特定してる』

「!!」


 愛月は一瞬。

 怯んでしまった。


『これでも……無理か? 愛月さんよう』

「涼君……あなた本当に裏切ったのね」


 電話の相手は。

 赤橋だった。以前、アルテとセレネを誘拐した犯人だ。


 冷や汗が出た。


『安心しろ。まだ何もしちゃいねえ。普通に幸せそうに暮らしてるよ』

「……一体どこでそんな情報手に入れたのかしら」

『知らなかったぜ。文月以外にも「居た」なんてな』

「…………あなたが無知だっただけじゃない」

『要求をもう一度言うぞ。「半魔のガキ」をふたりとも寄越せ。でなければ「佐々原母娘」を殺す』

「従えば、ふたりに手を出さないのね」

『いーや。……まあガキは要らねえから返しても良いが、「殺さねえ」だけで、佐々原きさらぎは普通に俺らのモンだ』

「……分かったわ」

『おっ。素直じゃん』

「日本へ子供達を送るわ。後は勝手にやって頂戴」

『駄目だ。お前も来い』

「無理ね。それだけは本当に無理。例え誰をどれだけ殺そうと、わたしはここから動かない。良いわよ別に、殺しても」

『……ふん。分かったよ。ならさっさと双子を寄越せ』

「はいはい。じゃあね。できるだけ惨く死んでね涼君」

『はははっ!』


 それで、電話は切られた。


——


——


「——と言うわけで。ちょっと日本へ行ってくれない?」

「…………!!」


 笑顔で。

 愛月はそう言った。

 夕食時。川上家全員の前で。


「赤橋……って、まじかよ。捕まったんじゃ」

「今頃出てきたんじゃない? 知らないけど」


 ざわつく文月と美裟。忘れかけていた懐かしい名前だなと少し思って。


「ねえママ。その『ささはら』って誰なの?」

「そうね。じゃあ正式に文月へ辞令を出すわ」

「えっ?」


 こほん、と咳をひとつして。


「あなたの任務は、日本、神奈川に住んでいる佐々原きさらぎ、娘の神奈の2名を保護して、連れ帰ること。良いわね?」

「え。……と。分かった」

「その補佐に、あなた達も付いて行って」

「うん!」

「分かりました。お母さま」


 ぎこちなく頷く文月と、自信を持って頷く妹達。


「勿論美裟ちゃんも。あなたは文月の護衛だもの」

「はい。任せてください」


 そして、美裟。


「まあ途中邪魔は入るだろうけど。それは魔術やらなんやらで何とかしてね。こちらからの支援は多分できないから、自分達でしっかりね」

「(アバウトね……)」

「……分かった。頑張るよ。その『月影島』は大丈夫なのか?」

「ええ。ウチの戦闘員が何の為に毎日訓練してると思っているの。こっちは心配しなくて良いわ」

「……でさ」

「なあに?」


 文月は気になっていた。

 美裟もだ。カエルムの話にも少しだけ出てきた。


「その『佐々原さん』ってウチとどういう関係なんだ?」

「シングルマザーでね。お母さんのきさらぎちゃんが、『奇跡』持ちなのよ」

「えっ!!」

「ふふ。わたしが昔お世話になった佐々原さつきお姉ちゃんて人の娘さんでねえ。さつきお姉ちゃんはもう亡くなってしまったけれど、じゃあきさらぎちゃんが困った時は助けてあげようって、ずっと考えてたのよ」

「……そう、なんだ」

「だからしっかりね? あなたの、従姉いとこのお姉ちゃんみたいなものだから」

「!」


 愛月は、分かっていた。

 『家族』のことになると——


「分かった。任せてくれ」


 文月は、実力を120%発揮できると。


「(……今度は『従姉』か。どんどん出てくるわねこいつ……)」


 美裟はどうでも良いことを考えていた。


——


 作戦会議(?)を後にして。城の廊下にて。


「文月」

「ん」

「さっき、ケイ君に連絡しておいたから。彼が着き次第向かって頂戴」

「分かった。ていうかこの島に呼んでも大丈夫なのか?」

「ええ。ケイ君は正真正銘の『人外』だし、裏切って人間に荷担することは絶対無いと言い切れるからね。人間に負けることもあり得ないし」

「……そうなんだ」

「まあ、世界のパワーバランスの外に居るのが彼よ。わたし、本当に彼と友達で良かったわ」

「へえ。……あれ、セレネは?」

「えっ?」


 慌ただしくなってきた。急いで準備をしなくてはならない。一番はやはり、双子達の『道具』だろう。あれが一番多い。

 今回はアレックスの案内無しの旅だ。


「アルバート!」

「あん? どうしたセレネ嬢」

「絶対、取り戻してね! わたし達のお家!」

「あー、任せろ。心配要らねえよ。犠牲も出さねえ。日本人が雇った素人集団だろ? 雑魚だよ」

「油断は駄目ですよ」

「それも分かってるよアルテ嬢。まあ見てろ」


 そうか。と、文月は思う。

 堕天島がソフィアの領地で、九歌島が最近手に入れた拠点であるなら。

 残る月影島が、アルテとセレネの生まれ育った故郷なのだ。


「……行こう。俺達は俺達の任務を」

「うん。大丈夫、フミ兄はわたしが守るからね」

「わたし『達』よセレネ。最近出番少ないし、ここで活躍しないと」

「ん?」

「いえ、こっちの話ですお兄さま」


 急いで荷物を纏める。何日掛かるか分からない。


「それで、保護した後はどうすれば?」

「ええ。任せたわよアルテ、セレネ」

「はい」

「?」

「移動魔術! この数ヶ月で、きっちり習ってるよっ!」

「おおっ?」

「あれは術者が行ったことのある場所へしか飛べないのです。だから、日本からは船を使うしか無かった」

「あれ? じゃあここから日本にも飛べるんじゃ?」

「結界があるので無理です。今のアルテ達にはまだ」

「……そっか」


——


 ばたばたと。

 とにかく準備をして。


「ブラックアークだ! フミ兄っ!」

「え、早っ!」

「意外と暇なんじゃないの彼」


 黒に染まった船の形の物体が、城の手前に着陸した。


「……よお、久し振りだな愛月」

「ええ。いつもありがとう。運転手さん」

「馬鹿野郎」

「うふふっ。今日も『最速』で頼むわね」


 灰色の短髪。青白い肌。喋る時に見える、ギザギザの歯。半魔半人の『足利黥』——ケイが、船から降りてくる。

 ケイは、愛月と軽く挨拶をして。

 文月を見る。


「……よお文月」

「ああ。久し振り、ケイ」

「あれお前、もしかして『男』になったか?」

「っ!」

「(ちょ……っ!)」


 ケイの台詞に、文月と美裟は一瞬硬直してしまった。


「まあ良い。早く乗れ。クライアントのご希望は『最速』らしいからな」

「ああ、頼む」


 どたばたと。


 九歌島を離れる。


「じゃあ、行ってきます」

「ええ。行ってらっしゃい。早めに帰ってくるのよ」


 『その台詞』は。

 文月が最も聞きたくて。愛月が最も言ってあげたかった台詞のひとつだった。


——


——


 文月達も兵士達も見送った後。

 愛月はひとりで佇む、体格の良い影を見付けた。


「……どうしたの、アレックス」

「いえ。……やはり、私が同行しては駄目ですか」

「あのねえ。あなたはもう『人間』でしょう。あの家族とはもう関係無いじゃない。向こうも迷惑よきっと」

「…………はい」

「大丈夫よ。文月達がきっと連れてくるから。元気出して……『伯父様』」

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