第62話 4月1日

「それでわたし達の部屋に来たの? フミ兄、かっこ悪い」

「ぅ……」

「まあまあセレネ」


 その日の夜。文月は自室へ戻ることができなかった。迷いに迷い、そして足が向かわせたのが妹達の寝室だった。


「だからさ。今日だけで良いから、泊めてくれ。明日ちゃんと、美裟と話すから」

「まあ、わたしは良いよ。フミ兄と寝るのは全然。かっこ悪いけど」

「うっ」

「アルテも、本来はここは追い返すのが正しいのでしょうが……」


 アルテは頬を染めて、文月にすり寄った。


「『お兄さまと寝られる』その誘惑に勝てません。お兄さまから来てくださってありがたいんですよ。恥ずかしくて、お母さまの前なんかでは言い出せませんし」

「ね」

「……そっか」


 文月も嬉しかった。受け入れられることが。

 それが、問題の先伸ばしどころか、火に油を注ぐ行為だと知らずに。


——


「………………まだ帰ってこないわね」


——


——


 翌朝。


「わっ」


 いつもは川上家のみだった会食場に、兵士や魔女も集まっていた。


「「誕生日おめでとうございます! 文月様っ!」」

「……!」


 クラッカーやらなんやら、ドアを開けた瞬間一斉に飛び込んでくる。


「よう。お前さん19だってな。もう大人じゃねえか」

「アルバート。ありがとう……」

「僕が19の時には◯◯◯◯◯◯◯ましたけどね」

「黙れウゥルペス」


 幹部達も居る。文月は驚いてリアクションが中途半端になってしまった。


「——『おはよう』文月?」

「! ぅ。美裟……」


 隣の席に座る、美裟。平静を装っているが、明らかに機嫌が悪い。


「昨日はよく眠れたかしら?」

「…………ま、まあまあかな……」


 やばい。

 文月はそう思った。


——


「まあ、まだ朝よ? 今日はお休みでもないし、訓練も研究も通常通り。だけど夜は、皆で再度お祝いね。ケーキもその時までお預けね」

「YEAHHHHHHHH!」


 愛月の合図で解散となった。後はいつも通りに朝食だ。


「——文月」

「!」


 愛月から。

 少し真面目な雰囲気を纏った声が文月へと飛ばされた。


「もう少し、ちゃんとしなさいね。もう19なんだから」

「……!!」


 突き刺さった。


「(バレてる……いや当然か。母さん、割りと美裟と仲良いしなあ……)」


——


 それから日中は。

 文月はできるだけ美裟と話そうとしたのだが、そもそも彼女は兵士の訓練に参加している上、休憩中も何故か会えなかった。

 避けられているかもしれない。文月は割りと絶望していた。


「……文月様、上の空ね」

「けど、呼んだら一瞬で来てくれるわよ。『罰』には敏感なのよね」

「萩原美裟……さん? 様? なんか、ちょっとまだ絡みづらいわよね」

「ねー。兵士さんとは仲良くなってるらしいけど」

「ミサ姉は絡みづらくなんか無いよっ。すっごく優しいんだから」

「……お嬢様……」

「フミ兄ったら、わたしよりミサ姉と付き合い長いのにまだたまに勘違いしてるよね。ミサ姉はいっつも、優しくて、フミ兄が大好きなのに」

「セレスティーネお嬢様。それと皆さん。研究をサボって人の恋路を噂する余裕があって?」

「げっ。フランソワ、先生……」


——


 そして、夜。


「カンパーイ!!」


 いつもの会食場で、パーティが開かれた。


「そら主役! 呑め呑め!」

「いや……俺まだ19だし」

「あのなあ。それを見付けて逮捕できる警察がこの島のどこに居るんだよ」

「いやいや……そもそも未成年飲酒は成長の阻害や中毒症状が……」

「馬鹿言え! 愛月!」

「なあに?」

「お前はいつから呑んでんだ? 教えてやれ!」

「えっ……お酒? 初めて呑んだのはそうね、22歳とかかしら」

「はぁっ!?」


 アルバートは既に酔っていた。何のパーティかすらもう分かっていない可能性がある。


「だって、ステラ・マリス時代はそんなのあり得ないし、日本へ帰ってきてからはお腹に赤ちゃんが居たからね。お父さんと一緒に住んでたし、呑める訳ないじゃない」

「…………な」

「(い、意外とまともな所あるんだな……)」

「まーいいや! 呑め文月!」

「いやいやいやいや……」


 そもそも文月は美裟と、話をしたいのだ。

 酒を呑んではいられない。


「あれ? そう言えば美裟は……?」

「知らねえよまあ呑めって」

「ちょっ……離してくれアルバートマジで」


——


 最早主役など関係無し。兵士達はとにかく酒を浴びるように呑んでいた。


「まぁ~こっちは勝手に騒がせておいて良いから。あなたはとっととお休みなさい」

「えっ……」

「ね?」


 愛月の言葉もあり。

 文月は寝室へと足を運んでいた。


「…………」


 ドアの前で少し立ち止まり。


「(開けて良いのか? なんか、変な感じにならないだろうか。ていうか美裟は居るのか?)」

「なにしてんの」

「うわっ!」


 逡巡していると、ドアが開いた。美裟が、顔だけ覗かせる。


「……入ったら? あんたの部屋でしょ」

「お。おう……」


 奥へ進むと、テーブルにふたり分のカップが用意されていた。


「座ったら?」

「お、おう……」

「何飲む?」

「……じゃあお茶で……」

「合わないわよ?」

「へっ?」


 促されるまま座り、待っていると。美裟がキッチンからそれを持ってきた。


「はい」

「……ケーキだ」

「用意してくれたのよ。わざわざこんな小さいサイズで」


 ふたりで食べるサイズのショートケーキだった。

 美裟は切り分けてから、文月の向かいに座る。

 この2ヶ月で固定された、ふたりの指定席である。


「凄いタイミングよね。4月1日って」

「ああ。……1日ずれてたら学年違ってた」

「ていうか、卒業式行けなかったわね」

「……確かに」

「忘れてた?」

「……正直忘れてた」

「あっそ。あたしは一応親にメッセ送っといたけど」

「電波届くのか?」

「アルテちゃんに頼んで、魔術よ」

「……ああそう」


 いつも、こんな感じで適当に喋っている。だから、進展しないのだ。既に夫婦かのごとく会話をしているのだから。


「……美裟」

「なによ」

「すまんかった」

「なにがよ」


 だが、適当に雑談するためにここへ来た訳ではない。それも日常には不可欠だが、今は違う。


「……俺が、なんというか。お前との関係をあやふやにしたまま……」

「待って文月。違うわ」

「えっ」


 美裟は今一度、文月の顔を見る。愛月の昔話と重ね合わせる。

 あのカエルムと、愛月の子。恐らくは……堕天してしまった不良天使との。


「……思えば、あたしの方こそ、不安にさせてたかもしれないのよね」

「……?」


 愛月は不安だったのだ。いつ消えるとも知れない男に恋をして。

 消えない。自分の前から立ち去らないという保証が欲しかったのだ。


「だってまだ、言って無かったでしょ」


 目を合わせる。

 文月は少しだけ緊張した様子だった。それにつられて、美裟も鼓動が速くなってしまう。


「……好きよ。あんたの事」

「!!」


 そう言えば。

 返事をしていなかったのだ。だから余計に、気を遣わせてしまっていたのかもしれない。


「(死ぬほど恥ずかしい。こいつも、そうだったのかしら)」


 男から、という風潮はあるが。愛月の場合は全く逆だった。そんなもの、どっちでも良いのだ。


「だから。……あたしを貰ってくれる?」


 誕生日プレゼント、とかいう恥ずかしすぎるワードは。流石に言えなかった。


「………………」


 受けて、文月は。

 少しの間放心したように硬直して。


「えっ。ちょっ! なに、泣いてんのあんた!?」


 泣き始めた。


「いや。泣いでないぞ」

「大分嘘吐くわね……」

「……いやなんか、やっぱ嬉しくて」

「……! やだ、あたしまで泣けてきたんだけど。ちょっと止めて」

「あっはっは……」

「笑うな! あーもう、お化粧が」

「はは……我慢すんなよ」

「じゃあ、胸貸しなさい」

「へっ。——うおっ」


 ここはふたりだけ。


「なんだよいきなりっ」

「まあ確かに、キャラ的に『行く』ならあたしからよね」

「……へっ? あの、美裟さん?」


 涙を、袖で拭って。


「『幸せ』になるわよ文月。あたし達はうんと。雲の上に届くくらい」

「…………へっ」

「覚悟しなさい。あたしだって緊張くらいするんだから……っ!」

「ちょー! お前なんで、服! いや……!」


 母に、会いたい。

 それは文月だけの思いではなかった。

 その母愛月も、同じことをずっと思っていた。


「……い、いいわよ、ね?」

「いや急にビビるなよ。……分かった」

「え……。きゃ」


 人は誰しも幸せになりたくて。

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