第52話 『夜』

 翌朝。


「あら?」


 会食場に集まった所で、愛月が不思議そうな顔をした。

 文月の顔が寝不足気味であり、対して美裟は特に変わっていないからだ。


「(……全く眠れなかった……!!)」

「(まあ、流石に『本当に何も無かった』のは多少ムカつくけど、文月だし。無いと分かってたから割りと安心してぐっすり眠れたわね)」


 ベッドはひとつ。枕がふたつ。外は極寒の上空。

 結局一緒のベッドで寝ることにはしたが、文月は向こうを向いてしまい、そこからぴくりとも動かなかった。美裟は割りとムカついた。


「うふふ。良いわね。若者」

「どうでしょうね……」


 朝から溜め息が出る。これから美裟は、この家族を相手にしていかなければならないのだ。


「どうだった?」

「前途多難です」

「あらそう」


 小声で話す。愛月の人間性的に、どちらへ転がっても楽しそうにするのだろう。美裟はやれやれと肩を竦めた。


——


「——さて。じゃあそろそろ、真面目な話をしましょうか」

「!」


 朝食を終えて。

 愛月が切り出した。


「アルバート殿もお呼びしますか?」

「いいえ。まだ良いわ。後でね」

「かしこまりました」


 愛月はテーブルを見渡す。文月、美裟、アルテ、セレネ。見渡してから、にっこりと嬉しそうに笑った。


「この島に居る皆は、わたしの目的に賛同してくれているわ。その過程に目的がある人も居るけれど」

「……真実を、世界に広めるってやつ?」


 文月が訊ねる。


「いいえ。それはもうしてないわ。わたしが何もしなくても、いずれ世界は気付くでしょう。だから、違うわ」

「…………」


 美裟は考えていた。確かに、と。


「(SNSの普及で、個人が世界に、自由に発信することができる時代だわ。『彼の者(?)』と直接出会った愛月さんほどじゃないにせよ、真実の一部に気付いた人は一定数居る訳ね)」

「わたしの今の目的はね。遥か昔に神が定めた『概念(ルール)』を、変えること。善悪の概念。生死の概念。人と神の概念。……世界は『神々』の独裁なのよ。そこから革命をしたいの」

「……!」


 予想はしていた。似たようなことは。だからそこまで、驚きはしない。愛月のその、言葉だけでは。

 その荒唐無稽な無理難題を成す『手段』については、検討は付かないが。


「それには、奴等の居城へ攻め込んで、首魁を落とさないといけないの。その為の準備を、何年もやってきたの」

「……どこに、何が居るの?」

「あそこ」


 愛月は、指を差して示した。

 窓を。


「?」

「!」


 それだけで気付く者は気付いた。だが文月はまだ分からない。


「常に監視されてるのよ。わたし達は、ずっと昔から。何もかも」


 窓の外は、朝日で眩しい。


「——まさか」

「ええ。『太陽』よ。あそこに、人間達が『神』と呼び崇める者達が居る」


 一度は。


「…………まじ、か」


 考えたことはある。

 『天界』や『天国』が。空にあるとなんとなく教わるが。だが飛行機も人工衛星もそんなもの捉えてはいない。スペースシャトルも打ち上げられているし、人は月や火星、太陽系外にも『目』を伸ばしている。

 『天界』などどこにもない。あれば見付かる筈だ。ならば『空』のどこにあるのか。


「近付くと死ぬんだから。誰も行こうとしないでしょ? それが奴等の思惑よ。『天界』=『太陽の世界』。あそこに、天照もヘリオスもアポロンも、ラーもアテンも居る」

「!!」

「まあ、そう呼ばれる、神話や伝説の由縁となったモノ、という感じだけどね。本物の、人間の信仰する『神の実物』ではなく、『モデルとなったモノ』ね」

「……神は実在、しない?」

「そりゃ、『実在しないこと』に価値を見出だしたのは人間の方じゃない。その責任は人間にあるわ」


 飲み込めない。

 頭がおかしくなってくる。


「つまりね。『太陽』に居座る『敵』が居るから、乗り込んで制圧しようって話。一番奥には『ルールを書き換える』奇跡があるから、それを狙うのよ」


 簡単そうに。

 愛月は語った。


「……どうやって、太陽まで?」

「いきなりは行けないからね。段階を踏むわ。まずは、中継地点を作る」

「!」


 朝日が、雲に隠れた。


「エリス」

「はっ」


 カーテンで、光が遮られた。


「!?」


 部屋が暗くなる。まるで——


「わたし達は『夜』。ナイトでもノクスでもライラでも良いけど、意味は一緒。光の神が見ていない夜に、悪巧みをするのよ」


 明かりが点いた。太陽光ではなく、魔術による電気の光が。


「(……夜。それが組織の名前)」

「中継地点とは?」

「月よ」

「えっ」


 愛月はにっこりと、質問に答える。


「『夜』はね。色んな意味が込められてるわ。まず死を連想するし、性も連想する。何より闇。光の届かない漆黒の世界。そして——」


 そして、自分の子供達を眺める。


「夜に浮かぶのは、綺麗な『月』でしょ?」

「!」


 文月と。アルテと。セレネを。


「(『アルテミス』と『セレーネ』は、月の女神。……『ディアーナ』もだわ)」


 美裟は、そう言えば、と気になっていた。愛月は勿論文月にも、名前に『月』が入っている。『7月』という意味であることは当然知っているが、そう名付けた理由、由来は本人も知らない。


「月、金星……最後に、太陽。わたし達は太陽系を中心に向かって旅をする。そして、『神々』気取りの老害達を一掃して、ルールを書き換える。……ここまでは、良いかしら?」

「金星……」

「ええ。あそこにはルシファーやヴィーナス、天津甕星が居るしね。全員と会う訳じゃないけど、仲良くしておかないと」

「!」


 ルシファー。

 日本人でも知っている。最も有名な『堕天使』だ。

 ヴィーナス。

 誰でも知っている。美の女神だ。

 天津甕星。

 巫女である美裟は、知っていた。古代日本で、大和政権による日本平定に最後まで抵抗した『まつろわぬ』神だ。


「でもまずは月よ。あそこにも『神』……たっくさんいらっしゃるものねえ」

「え……」


——


 ぱん、と。


「!」


 一同はびくりとした。愛月が手を叩いたのだ。


「さて。分かったかしら? じゃあ、それぞれのポジションと、これからのことを指示するわ」


 愛月はまず、アルテとセレネへ。


「あなた達は他の『魔女』と混じって、『宇宙空間の航行を可能にする魔術』、略して宇宙魔術を訓練してもらうわ」

「はい」

「うん!」

「(……ぅ!)」


 アルテとセレネの、元気な、素直な返事に。

 驚いてしまう。


「(あっさり、従うっていうか、信じられるのか。こんな、無茶苦茶な話を……!)」

「(固定観念なんて無いのね。母の言葉は全て真実だと。……子供故、かしら)」


 それから、愛月は文月を。


「あなたは、魔女チームの『医療係』ね。一番の肝よ。彼女達の『罰』を、『赦して回る』の」

「…………分かってる。魔術を使わなければならない人達が居るなら俺はどこへでも行くよ」

「ありがとう。最後に」


 文月も頷いた。目的や手段がなんであれ、魔術によって『罰』を受ける者が現れる。ならば自分はそれを治す。『罰』は悲惨だ。ソフィアや愛月を見た後ならば余計に思う。


「美裟ちゃん」

「はい」

「あなたは、文月の護衛よ。あなた程適任は居ないわ。しっかり、『何があっても』最後まで、守ってあげてね」

「任せてください」


 基本的には。

 美裟は、この場の誰の指図も受ける義務はない。部外者だからだ。

 だが、この場に居る理由が文月なのであれば、これは指示、命令ですらない。

 しかし、面と向かって『お願い』されることで、少なからず彼女のモチベーションは向上する。

 好きな人を守ることを、好きな人の母親から頼まれると。


「(……何があっても、最後まで)」


 文月は、少しだけ。

 母のその、言葉選びが気になった。


「質問はあるかしら?」

「…………」


 無い訳ではない。

 だが今、全ての言葉を飲み込んで質問をすることはできない。


「なら、これで一度解散ね。じゃあ幹部を呼んで。さらに具体的にこれからの行動を詰めていくわ」

「かしこまりました」

「フランソワは、ふたりをお願いね」

「はっ」


 少し、文月と美裟は放心していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る