第37話 やるべきこと
「Descent Primates……いえ。直訳ではありませんが日本語的に言うなら、『堕天島』と言った所でしょうか」
「堕天し、ま?」
日没後。ブラックアークは小さな島に到着した。町がひとつかふたつ程度あるだけの小さな島だ。辺りは暗闇で、町の光がぼつぽつあるのみ。この島が世界のどこにあるのかは分からない。
アレックスが、島の名前を告げる。縁起が良いとは言えない名前だった。
「……悉く、『神』に対抗するのね」
「いえ。それもありますが、この島の責任者からあやかってもいます」
「責任者」
「はい。名はソフィア・エバンス。愛月様の『親友』ですね」
「!」
負傷者を受け入れさせる辺り、愛月に信頼されていることは分かる。親友、つまりは組織において幹部クラスなのだろう。
——
「——じゃあ、俺らはここまでだ」
「ケイ」
着陸は、港から少し離れた崖の上だった。魔女による結界が張られたこの島に、今『人間界で未承認の飛行物体』が入り込んだことを知られる訳には行かないのだ、とケイは説明する。
美裟が溜め息を吐く。
「ええ。ありがとうございました。移動に魔術が使えない以上、貴方に頼むのが最も早かったのです」
「構わねえよ。……文月」
「ん」
アレックスがケイへ頭を下げる。ケイは次に文月を見た。
「お前の旅はここからだ。沢山学べよ『後輩』」
「……ありがとう。頑張るよ」
その過酷さを思って、ケイはその言葉を贈る。
「ねえ、わたし達には?」
「ん?」
寝起きのセレネが訊ねた。ケイは少し考えて。
「そうだな。……なるべく、『人間』に絶望するなよ」
「へ?」
「自分の種族について傲るな。……それくらいかな」
「なにそれ」
「いつか分かったら良い。もう行けよ」
セレネはぽかんとしていた。だがアルテは少しだけ、何か思い当たったようだった。
「じゃーね。またどこかで」
「うん。3人も元気で」
「なんだそりゃ」
ブラックアークは夜に溶け込むように、音も立てずに星空へ消えていった。
つまり今度の運転は色葉ではなく、交替でざくろがしているということだった。
「さて。ここから町だと、ちょっと歩きますね」
「分かった。急ごう」
「蝋燭、灯しますね」
「懐中電灯は?」
「それはこの前、セレネの魔術で壊れた」
「えっ……」
ダッフルバッグからアルテが蝋燭を取り出して。
アレックスの案内で、一行は歩き出す。
——
「ねえ。アレックス」
「はい」
しばらく歩き、町の明かりが見えてきた。セレネが先頭のアレックスへ近付く。
「ソフィアママの管理地ってことは、『ディア姉』も居るんだよねっ?」
その声は、弾んでいた。期待するような瞳が、アレックスへ向けられる。
「ええ。現在は彼女が実質的に責任者をしていますよ」
「やった! ねえアルテ!」
「うん。久し振りに会うね」
楽しそうに、嬉しそうに話す姉妹。
「ディア……姉?」
その呼び方が気になるのは、文月だった。
——
町に入り、案内されたのが大きな建物。文月の感覚で表すなら体育館や公民館と言った所だろうか。
電柱に下水道、車道と歩道。町並みは普通の町だ。たまに通る自動車が左側通行で走っているのを見るに、どちらかというとやはりイギリス近くなのだろうと美裟は考える。
「ここか」
「ええ。……おや」
明かりがあり、ざわざわと人の気配もする。昼夜を問わず、ここは動いているのだろう。そんな雰囲気が漂う『体育館』。
その入口から、ひとりの少女が出てくる所だった。
「ディア姉!」
「えっ」
セレネが叫ぶ。文月は彼女を注視した。
向こうも気づいたのか、つかつかとこちらまで向かってくる。
外灯に照らされる、長い金髪。白いコート。身長は文月の頭ひとつ分ほど低いだろうか。
「…………アレックス」
「ただ今到着しました。ディアナお嬢様」
少女はアレックスに小さく声を掛けると、その隣の文月を見た。
「!」
文月は、彼女の顔を近くではっきりと見て、驚いてしまった。
「…………あんたが」
髪も服もドロドロで、目には隈と、涙の跡がくっきりとできており、唇もカサカサで、ひと言で表すなら『酷く消耗している』ようだ。
「……初めまして」
まず、挨拶からだ。文月はそう考えた。恐らく間違っては居ない。
「っ!」
だが瞬間、少女は文月の頬を張った。
「!?」
「ディア姉!? フミ兄!」
セレネが叫ぶ。
文月も、周りも、突然のことに動けない。そのビンタに威力は無く、文月は体勢を崩すことも無い。
「…………っ!」
だが少女の方が一瞬よろけて。
歯を食い縛り。
涙を滲ませて。
俯きながら。
「……ごめん」
「ちょ……」
謝り。
そのままどこかへと去っていった。
「…………えっ?」
——
「…………文月様。申し訳ありません」
「何がなんだか……」
「ディア姉、すんごいやつれてた」
「…………」
今の少女が、ここの責任者だと言う話だ。
文月は、大方の事情を察した。
今すべきことも。
「分かった。大丈夫。『話』は落ち着いてからで良い。『非常事態』が続いてるってことだ。『あんなになるまで』。行こう。俺がすべきことはこの屋敷? の中だろう」
「——ええ。かしこまりました。では早速治療に——」
文月は気を引き締め直した。ここに遊びに来たのではない。双子の妹を伴って、正面から入っていった。
「アレックスさん」
「はい?」
それを見て、美裟は。
「教えてください」
「!」
美裟も。
自分のやるべきことを。
——
——
「だっ。誰ですか貴方! ここへは関係者以外——」
「もろ関係者です。重傷者の所へ案内してください」
「お兄さま。アルテ達も手伝います」
「あ、あっ! アルティミシアお嬢様!?」
幾十と並べられたベッド。慌ただしい館内。もがき叫ぶ患者。腕や脚の無い者も居る。文月のイメージする野戦病院そのもの——よりは、3倍ほど『凄まじかった』。
熱気と臭い。空気感。ここは本当に——日本では無いのだ。
「じゃあ、俺は重傷者から。お前達は『片っ端』だ。俺の方が小回りが利くからな。けどあんまり無茶するなよ。血が足りなくなりそうならすぐに俺の所に来い」
「分かってます。じゃあセレネ、行くよ」
「うん! 準備ばっちりだよ!」
「ま、まさか……文月、坊っちゃん?」
「そうですが、今は関係ありません。『僕が触れれば治る』。その事実だけで。案内お願いして良いですか」
気圧されてはならない。覚悟を決め直さねばならない。幸い、このような『緊急事態』の経験はある。戦争と天災の違いだけだ。
文月は大量の怪我人に臆すること無く、館内を突き進んでいった。
「この島に魔女や魔術師は?」
「いえ。……ディアナお嬢様だけでした。ですから、本当に助かります!」
「……分かりました」
あの少女ひとりで、ずっとここを看ていたのだ。他にも医者は居るだろうが、魔術師の有無で効率は段違いに変わる。
「……暢気に旅してきた俺を殴りたいのは当然だな」
今、正に、戦争の最中である。
それが強く印象付けられた。
——
——
「——ディアナお嬢様は、アルティミシアお嬢様とセレスティーネお嬢様の『実姉』に当たります」
「えっ? ってことは……」
文月達一行の宿泊に用意されたホテルがある。文月と姉妹の置いていった荷物を置きに来ることも含めて、美裟とアレックスは一旦ホテルへやってきていた。
「ですが文月様とは血縁がありません。異母姉妹、ですね」
「…………待って。混乱してきた。……えっと」
「愛月様と交わった『悪魔』は、それ以前にソフィア様とも子を残しているのです。それがディアナお嬢様。現在16ですので、文月様や美裟さんのふたつ年下、ですね」
「じゃあ、あの子も世界に狙われる『半魔の女』ってこと?」
「いえ。それは違います」
「?」
野戦病院……あの屋敷へ行けば。何かしら少しでも役に立てるだろう。雑用でもなんでも。人手は足りたいのだ。だが。
美裟は全く、別のことを考えていた。
「ソフィア様は魔女でしたが、ディアナお嬢様は普通の人間です。父親が、その後『悪魔』と成ったのです」
「……なにそれ」
「ですから本来魔術は使えません。ですがソフィア様により、『ディアナお嬢様が魔術を扱える』魔術を掛けられました。ですから魔女ではなく、『魔術師』と呼ぶのです」
「…………分かったわ。あとひとつ訊きたいの」
「ええ。なんでもどうぞ」
自分のやるべきことを。
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