第3章:堕天島

第32話 突然の意味不明

「ほっかいど——!」

「でっかいど——!」


 一行は新千歳空港に到着した。機内でずっともやもやしていた文月と反対に、美裟の顔はすっきりとしていた。


「やー! 寒いよ!」

「雪だっ! すごい積もってる!」


 1月の北海道、札幌市の平均気温は約マイナス3~4度。耳や鼻、指先がかじかむ寒さである。


「そう言えば美裟、お前雪合戦の権利使ってないよな」


 文月が連想して思い出す。相手になんでも命令できる権利のことを。


「そうね」

「……いつ使うんだよ。アルテはもう使ったぞ」

「へえ。なんて?」

「『魔術の使用を許せ』って」

「……あたしそれも詳しく聞いてないんだけど。やっぱり危険なの?」

「ああ。簡単に失明したり半身不随になったりする」

「はぁっ!? なにそれ!」

「だから俺はやめさせようとしたんだが。『俺の能力があるから大丈夫』と」

「…………そんなの」

「だけど、魔術が無いと生き残れないと知った。あいつらは俺を信じてくれている。……だからしょうがない」

「…………」


 しょうがない。

 それで片付けて良いのだろうか。

 美裟は色々と考えたが、決定権は最終的に本人達がやるものだ。

 自分ではどうすることもできない。身の危険があるならば、リスクある手段も選択せねばならない時もある。


「で、お前はいつ使うんだよ」

「……さあね。まだ取っておくわ」

「まじかよ……」


 何でも命令できる権利は。使わないことで発生する利点もある。美裟はそれに気付いた。少し楽しくなってきたのだ。


——


「皆様、ここから少し移動します。人が多いと船は着陸できませんので」

「……ん。は?」


 アレックスのひと言。一同にクエスチョンマークが浮かぶ。


「ここからどこか港に行くんじゃないの?」

「船が『着陸』っておかしくない?」


 その疑問をいち早く、アルテとセレネが口にする。


「ええ。『彼』も楽しみにしていますよ。皆様とお会いすることを」

「?」


 アレックスは、さあさこちらです、と歩き始める。スーツの上から分厚い紺のコートを着た彼は、そのダンディさを前面に出してきている。アルテはそれを見て割りとムカついたが、セレネは割りと格好良いと思っていた。


「お前達も知らないのか」

「はい。てっきりまた普通にヒースローへ行くのかと思ってましたから」


——


 しばらく歩くと、開けた牧草地に出た。というより誰かの敷地なんじゃないかと心配したが、アレックスは構わず入っていく。


「ここなら問題なさそうですね」

「……なあアルテ」

「はいお兄さま」


 文月は、今自分が本当に意味不明なことを考えていると自覚している。

 だがアレックスの発言と現状を見るに、それを予想することは自然ではないかとも思っている。


「『飛んでくる』のか? 船が」

「そうとしか、考えられないですよね」

「来ましたね」

「!」


 そして。

 アレックスが上空を見上げる。つられて、他4人も見上げる。


「!」

「うわっ!」


 黒い塊が。

 家ほどの何か大きなものが。


 ゆっくりと落ちて——否。

 降りてくる所だった。


——


 見た目は、木造の帆船に近いが、金属質の光沢がある。黒い船。

 音もなく、風も起こさず、静かに目の前に着地した。

 下から見上げれば帆船と思ったが、その船に帆は無かった。甲板には小屋があるだけだ。黒く四角い立方体が。


 着陸はしたが、微妙に少しだけ浮いている。曲線になっている船底の部分が持ち上げられ、甲板と水平になるように浮いていた。


「…………ふね?」


 第一声は、セレネだった。なんとなく船であることは分かる。だが構造や材質、原理などは全く分からない。全くの『船』の形が、空を飛ぶなどありえない。


「ええ。日本語では何と言いましたか……。『魔空艇』。魔術で飛ぶ船ですね」

「ま……くう、てい」


 ゲームかアニメのような名称が、アレックスの口から出てきた。文月は脳内で反芻させるも、うまく理解ができない。


「ちげえよ馬鹿」

「!」


 頭の理解が追い付かない内に、船内からひとりの人物が降りてくる。ここへ来てもまだ、『人が乗っていたのか』と驚いてしまう。


「『魔』ってのはそもそも仏教用語だろうが。色々ごっちゃにしてんじゃねえ」


 その人物は。

 灰色の短髪。青白い肌。喋る時に見える、ギザギザの歯。

 それを除けば、黒い厚手のコートを着た、20代くらい、背は175㎝くらいの男性なのだが。


「よう。久し振りだなアレックス」

「ええ。お変わり無いようで」


 男はアレックスとがっちり握手を交わす。表情は変わらないが、親交の深さが垣間見られた。


「……ふむ。では何と呼ぶべきですか?」

「空飛ぶ船なんだから飛行船でいいだろ。別に名前なんか凝らなくて良いんだよ」

「いえいえ。『人間基準』では、それは飛行船とは言えませんね」

「……商品名は確か『ブラックアーク』だ。それで良いだろ」

「なるほど」


 と、アレックスとの会話を日本語でして。

 ちらりと、文月を見る。


「!」

「…………」


 目付きは、お世辞にも良いとは言えない。光の加減で金色にも見えるような黒い瞳。ぎらりと睨まれている。

 人であるとは、思えないような雰囲気を感じさせる。


「お前があの女の息子か」

「……!」


 あの女とは、愛月のことだ。つまりこの男は、愛月を『あの女』呼ばわりできる立場にある。『組織』の関係者ではあるかもしれないが、愛月の部下という訳では無さそうに思えた。

 そも、アルテとセレネが知らない以上は直接『組織』のメンバーでは無いのだろう。


「文月様。こちらは愛月様の旧友である『キャサリン』殿です」

「えっ?」


 アレックスの紹介に、えっ、と声を出したのは、セレネだった。

 それで、男は彼女へ視線を向ける。


「あーうっせえな。母親が馬鹿な名付けしただけだ。普段は『K』で通してんだ。そう呼んでくれ」


 理由は、女性名であったからだ。どう見ても男性であるこの人物を見て、『キャサリン』は少し可愛すぎると思った。


「……では『K』。こちらが川上文月様。お察しの通り愛月様のご子息です。そして右手に同じくご息女、アルティミシアお嬢様、セレスティーネお嬢様。その隣が文月様の恋人である萩原美裟さんです」

「よろしくお願いします」


 すらすらとアレックスが紹介し、文月がぺこりと頭を下げた。この辺りの手際は流石執事長だと、文月は思った。


「おう。まあ乗れ。人間に見付かっても面倒くせえ」


 黒い船、『ブラックアーク』からタラップのようなものが下りてくる。着陸しているとはいえ、甲板までの高さは5メートルほどあった。『K』はジャンプひとつで軽々と飛び乗った為、文月らの為に下ろしてくれたのだ。


「…………」


 あまりにも、色々なことが一度に起きた。処理が追い付かない文月は、少しの間動きが止まっていた。


「フミ兄、大丈夫?」

「え。おう。……すまん」


 タラップは文月の目の前に垂らされている。彼が登らなければ始まらない。セレネが心配そうに兄の顔を見上げた。


「…………突然の『意味不明』に弱いな、俺は……」

「そんなのに強い人間なんていやしないわよ。早く登りなさい馬鹿文月」

「……いやお前とか強そうじゃん……」


 自嘲気味のぼやきに美裟がフォローしつつ。一行は『ブラックアーク』に乗り込んだ。


——


「…………ん? 『ハギワラ』?」

「えっ?」


 『K』が、何か思い出したような声を出し、振り向いた。


「お前まさか、萩原縷架の子孫か?」

「!?」

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