第12話 文月とイブ
今日は、クリスマスイブである。
「……天気予報じゃ、雪は残念ながら降りそうにないらしいな」
「えー。……じゃあ無理矢理降らそっかなあ」
この日は3人で、買い物に出掛けていた。
目的は主に食料の買い込みである。
「ダメダメ。天候操作はよっぽどのことが無い限りしちゃダメだってば」
「ていうか出来るのか……」
「それに、雲ひとつ無いなら星が見えます。ほら、あれなんか」
「ん?」
アルテの指差した空を見上げる。
「四角の中にみっつの星。有名なオリオン座ですよ」
「あー……。なんか見たことあるかも」
右手に、アルテ。左手にセレネ。
文月はふたりと手を繋いで歩いている。星を見ながら夜の散歩もよいものだと思う。
「そう言えば、お前達は日本語だよな。普通に」
「いやそりゃ。……それは、まあお母さまが日本人ですから。『組織』でも皆日本語ですし。字は苦手ですけど」
「逆に、英語ができないとか?」
「あんまり得意じゃないです。教えては貰ってましたけど」
「わたしは喋れるよー?」
「えっ」
アルテはぎゅっと、なんなら文月の腕まで抱え込むように繋いでいる。ぴったりと彼にくっついて歩いている。文月は少し歩きづらそうだ。
反対にセレネは動き回り、頻繁に手を離れてどこかへ駆けていっては、しばらくしてまた文月の左手へ戻ってくる。
妹ふたりとの新鮮な生活を、文月は楽しんでいる。
「……アルテじゃありません。あの子が、天才なんです」
「…………」
蝶か何か見付けたのか、セレネがそれを追い掛けて離れたタイミングで、セレネに聞こえないようにアルテが呟いた。
「新しい魔術も算数も、セレネはすぐに覚えてしまいます。……天才なので」
「…………」
自然。自由。元気。天真爛漫。そんな言葉がぴったりなセレネを見る。町行く時には建物や景色を興味深く観察し、何か発見しては嬉しそうにはしゃぐ。
それをアルテは、羨ましそうにして見ているのだ。
「……魔術ってことはさ。キリスト教にとっては敵なんじゃないのか」
「…………そうですね」
文月は、関係の無い話題をアルテへ振った。
「パーティの準備で買い物に来たけど、良かったのか?」
「どうしてですか?」
「ふたりは魔女だろ?」
「あー……」
十字架の無い修道服。魔術。
シスター姿を見た時はなにやら宗教的だと思いはしたのだが。
考えてみれば、『魔女』それ自体はキリスト教徒ではない。つまりは、関係無い。
「別にアルテ達は『悪魔側』という訳じゃないので。聖書の勉強もありましたが、逆にそこまで神やジーザスを信仰したりもしてません」
「なら、あの修道服は?」
「似合ってましたか?」
「えっ」
文月はアルテの顔を見た。彼女は悪戯っ子のような笑みで、くすくす笑いをしていた。
「……ずっと、あれを着ていました」
「生まれてから?」
「はい」
「……何でだ」
「さあ。お母さまの趣味だとは思いますが」
「なんだそれ……」
ふたりの持ってきた荷物には、同じような修道服が何着も入っていた。
「だから嬉しかったんです。お兄さまに、お洋服を買っていただいて」
「…………アルテは何着ても可愛いよ」
「ほんとですかっ? もっと誉めてください」
「……まあ修道服も似合ってるけどな。俺的には今の服の方が良い。そのヘアバンドもそうだけど、カチューシャとか。それかポニーテールも良いかもな。なんだって似合うよ」
「えへへ……」
「…………」
父親の血なのだろうか。
この、10歳らしからぬふたりの妹は。
文月は我が身を振り返る。
勉強は普通。
スポーツは不得意。
『奇跡』を除けば、これといって長所も無い。
「……充分だよ。アルテも充分天才だ」
「ありがとうございますっ」
「ほら。その普通にありがとう言う所が」
——
「ねー今日のパーティって、ミサ姉来る?」
「いや、呼んでは無いな」
「なんでー?」
「……うーん」
不意に、セレネから訊かれた。文月は答えに悩む。
「別に、いつも一緒じゃない、ってことかなあ。もし彼氏とか居たらそっち優先するだろうし。居るのか知らないけど」
「えっ?」
「えっ……?」
「ん?」
その答えの意味が分からなかったのは、双子の方だった。
「まあ学校ではグループも違うし。あいつだって、なんか女子同士のパーティに呼ばれてるかもしれないだろ」
「なんで?」
「なんでって……。別に、クリスマスを一緒に過ごす仲じゃないってだけだ。仲悪いとかじゃないぞ?」
「……なんで?」
「え……っと」
セレネは、本当に分からないといった表情だった。文月は一度否定していたが、セレネの中ではもうこのふたりは『男女の仲』だと半ば確定していたからだ。自分と、アルテと、文月と美裟。基本的にこの4人で、日本では行動するのだと思い込んでいる。
「……そうでなくても、あいつは普通に家があって、家族が居るんだ。家でパーティやるなら邪魔できないだろ」
「……それ、本人から聞いたんですか?」
「いや……」
そこで、アルテがセレネへの助け船を出した。
「なら一度訊いてみましょうよ」
「……うーん。いやあ、そんな、当日だぞ? 予定なんか空いてないって。そりゃ、お前達が美裟とパーティしたいのは分かるけど」
「お兄さまは何も分かってませんね」
「えっ?」
アルテは、美裟の話を聞いている。彼女は、結構『重い』。
文月以外の『男』の可能性は一生無い。そこまで思えるようなエピソードだった。
だからこの文月を見ていると、女の子であるアルテからすればちょっと腹が立つのだ。
確かに、あの『重さ』は一般男子高校生からすれば負担かもしれないが。
「電話を貸してください。アルテが掛けます」
「えっ。ちょっ。ちょっと待ってくれ」
「何ですか」
「…………」
文月は、考えた。自分のポケットへ伸びるアルテの手を捌きながら。
「……呼んでくれたこともあったんだ」
「美裟さんにですか?」
「ああ」
「じゃあ良いじゃないですか」
「断ったよ。俺は、神社はよく行くけどあいつの家には行ったことが無い」
「なんでですかっ?」
どう答えたら良いか。どう言えば伝わるか。
文月は必死に、頭と手を動かす。
「……同情はありがたいけど、迷惑だから」
「そんなことありませんてば」
「俺は、『命を救った』ことで恩を売りたくないし、買われたくない。美裟とは、父さんのことで協力してくれるけど、それ以上は違う。……他人様の『家族』に混じるのは、なんか違うんだ」
「…………」
家族、という単語にアルテは反応して、動きを止めた。
「クリスマスを誰かと過ごしたことは無いけど、別に悲観してない。別に、何も無ければただの普通の日だ。そんな人は沢山居る。……けど今年は違うだろ」
「!」
「お前達が居る。誰でもない『俺の家族』が。それがさ、凄い嬉しいんだ。別にクリスマスだけの話じゃない。俺の家に。部屋に。隣に。生活に『家族が居る』」
「……お兄さま」
「フミ兄」
にこりと笑う。
心底嬉しそうに、アルテとセレネを交互に見る。
「恋人や家族と過ごす日らしいじゃないか。なら、大丈夫だ」
「……ダメです」
「えっ! あっ!」
だが、アルテはそんな説明で満足しなかった。
穏やかに笑いかけたその隙を突いて、ポケットからスマートフォンを強奪する。
「ちょっ! アルテ!」
「セレネ! 抑えてて」
「はーい」
「ええっ!」
セレネは即座に行動し、文月の手を強く握った。
「……~~!」
「なっ!」
そして呪文。文月の身体は『金縛り』に遇ったように動かなくなった。
「……セレネっ」
「ごめんねフミ兄。だけどわたしは、やっぱりミサ姉が居ないと嫌」
「…………!」
アルテはスマートフォンを起動し、軽快にタップしていく。
「パスワードがあるぞっ!」
「何度アルテに、見せてきたんですか。パスワードを解く動きを。あんなの、何のセキュリティにもなってませんから」
「ぐあっ!」
「……あ。ホーム画面アルテ達なんですね」
そこには、買ったばかりの服を着た時のふたりが映っていた。
「ふふ。じゃあ掛けます。……電話帳、少ないですね……」
「…………まあ、友達少ないからな……」
「フミ兄どんまい」
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