第19話 深なる海と黒いジョーク

「おかえりなさいませ、市長」


「ただいま、セリスさん」


 まだゲームをはじめての日が浅いのに、帰ってきた感が半端ないな。

 死に戻りばっかりだけど。


「おやぶーん!」


 おぶぅ!

 こ、これは……ソフィアさんを越える深さの海!


「ロカさん、く、苦しい」


「親分、親分!」


 不味い。このままでは何時かの二の舞。


「ちょ、ろ、ろぶぁ」


「ロバ?」


 く、どこも柔らかすぎて、逃げ道が。そしてそれ以上に力が!

 兎に角、空気。どこかに空気穴は。


「もふぁ、もふぉ」


「親分?」


 どこまでいっても柔らかい。海、海、海だ。

 く、だ、ダメか。……い、意識が。だが、お、男としてはある意味本……望……。




「おかえりなさいませ、市長」


「ただいまセリスさん。あれ?ロカさんは」


「あちらに」


 なんで部屋の隅っこで膝を抱えてるんだ?


「セリスさん、ロカさんはどうしたんですか?」


「市長を死に戻りさせてしまったことを、反省しているようです」


 あれは反省のポーズなのか。


「なるほど。しかし、なぜロカさんはあんなことを?」


「市長がいなくなったとたん、寂しくなってしまったようです」


「それで、私が帰ってきたのが嬉しくて飛び付いてきたと」


「のようです」


 うーん、ロカさんは見た目以上に幼いところがあるのかね?


「ロカさん」


 あ、ビクッとなった。


「ただいまもどりました」


「おやぶーん!」


 ごぶ!

 す、素晴らしいタックルだ。危うく死に戻りするところだったよ。


「ごめんなさいだぞ、ごめんなさいだぞ」


「大丈夫ですよロカさん。私は別に気にしていません」


 うっかりが原因の死に戻りなら、ソフィアさんでなれちゃってるからね。


「本当か?だぞ」


「本当ですよ」


「ん、よかっただぞ!」


 喜んでくれるのはありがたいんだが、しがみついて離れなくなるのはどうかと思うんだよ。

 端から見たらほほえましいかもしれないが、ロカさんに押し付けられた柔らかい海を堪能する余裕もないほど、体が締め付けられているんだが。


「ロカさん、申し訳ありません背中に回っていただいても?」


 正面はダメだ! あのままいたら体がへし折られる。


「ん、わかったぞ」


 んが!

 なんて強烈なフライングボディアタック。ロカさんが全て飛び付いてくるのは元鳥みたいな魔獣だったせいか?


「親分!」


 んが!

 背中に凄まじい感触が!そしてそれ以上に首が……ほ、ほどよく絞められて……。


「ですが男性として本望だと」


 な!?

 俺口に出していたのか?


「本気でそんな事を考えているんですね」


「な、ブラフ!?」


「まあ、男性としてしょうがないのかもしれませんね。軽く軽蔑しますが」


 セリスさんの目が……。

 俺がまるでゴミのようだ!


「いや、それは」


「市長の理屈とかはどうでもいいです。そんな事より市長、街を発展させましょう」


 ひど!


「でも「さあ市長、街を発展させましょう」」


「すこ「さあ市長、街を発展させましょう」」


「はい」


 ん?通知音?


「市長、どうかしましたか?」


「どうやら何かの通知が来たようです」


 えーと、なになに。


 《緊急防衛レイドバトルの成功と成果報酬のお知らせ》


 お、さっきの防衛は成功だったのか。途中で死に戻りしちゃったから最後がどうなったかわからなかったからな。

 というかイベントバトルでも、俺は死に戻りの場所はここなのか?となると、一回死んだらイベントはほぼ終了か。


 ……。


 いやいやいや。おかしくないか?

 俺だけ難易度高くない?


「不思議な表情ですが、どうかしましたか市長?」


「いえ、少し疑問に思うことが」


「ああ、大丈夫ですよ。ソフィアさんもロカさんも、今のところ市長を軽蔑されたりとかはないようです」


「親分を軽蔑なんてしてないぞ」


ロカさん、背中に乗ったままなんだけど。もしかして気に入ったのか?


「いや、そもそもそこは疑問に思ってもいないですよ」


「え!? 女性にあれだけのことをしておいて」


「いや、どちらかというと私が被害者だと思うのですが」


 死に戻りさせられてるしな。


「ちなみに紅さんは軽く軽蔑してましたよ。このセクハラ野郎と」


「え! 本当に?」


「嘘です、黒いジョークです。場を和ませようと」


「軽いジョークじゃなくて、黒いんですか? しかも全く和めませんでしたよ」


「ユーモアのわからない男性ですね市長は」


 なんか、微妙にグサッと来る言い回しだな。

 しかし今のがユーモアなのか。ガロンディアジョークなかなか難しそうだな。


「まあ、私もわかりませんが」


「わからないんですか? なら、今までの会話は一体」


「お茶目な秘書のコミュニケーションです」


「お茶目、お茶目ですか……なんだか私が理不尽におちょくられただけのような気もしますが」


「気のせいです」


 ……。


「気のせいです」


「はあ、もういいです。それで、えーとなんでしたっけ?」


「市長の疑問のお話だったかと」


 そうそう、イベント時の俺の死に戻り場所についてだ。


「セリスさん、知っていたら教えていただきたいのですが」


「この街での市長の支持率は普通ですよ」


「いや、そうではなくてですね。というかなんで率なのに、回答を数字でおしえてくれないんですか?」


「そうですね。ではこの街での市長支持率は42%です」


「え!?」


 みんなと出会ったばかりなのに、既に半分切ってるとか俺の支持率低すぎじゃね?


「ちなみにジョークです。今のところ皆様から市長への不満の声は聞こえていません」


「支持率42%とか。なんか微妙に本当っぽいジョークはやめてくださいよ」


「申し訳ありません、場を和ませようかと」


「さっきから和む必要もないほど穏やかですよ。大丈夫です、セリスさん。それよりも教えていただきたいのですが」


「なんでしょうか」


 やっと話が進むよ。

 それにしても、セリスさんがなんか少し嬉しそうなのは、俺の気のせいだよな?


「申し訳ありません、少し楽しみました」


「私の気のせいじゃなかったんですね」


「申し訳ありません」


「もういいですよ。それよりも、今回のようなイベントで私が別の場所に飛んだ際は、死に戻りの場所は変更できないのですか?」


「申し訳ありません、私にもわかりません」


 本当に申し訳なさそうだし、この件に関しては本当に知らないっぽいな。しかし、そうなってくるとイベント中はそう気軽に死んでいられないってことか。

 うーん、結構厳しい状況な気もするが。まあ、仕方がないか。


「そうですか。わかりました、ありがとうございます」


 そういえば、他のみんなはどこにいるんだ?


「セリスさん、他のみんなはどこに?」


「市長が仕入れた作業用の道具を使って、外でなにかやっているようですよ」


 ああ、そうか。アイテム欄はみんなと共有にしてるんだった。春香さん、色々とくれたみたいだし、みんなも喜んでくれてるといいな。


「わかりました。私も外に出て様子をみてきますね」


「行ってくるぞ」


「行ってらっしゃいませ、市長」

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