されど美しき僕らのセカイ

蒼風

プロローグ

0.舞台挨拶~奈落の底から失礼します~

 さあさあようこそいらっしゃいましたお客様。ささ、どうぞこちらへ。遠慮なさらずに。ねえ。舞台でも映画でも何でも、やっぱり特等席。一番前の方で見た方が楽しみもまた格別ですからねぇ。


 え?何ですって?映画の場合は、最前列だと見づらい場合がある?あぁ、ありますねえ。あれ。結構大変ですよね。スクリーンも劇場も大きいのに、何故か一番前の座席からの距離は大したことなくって。折角の特等席なハズなのに見上げるような体制になって首痛くなっちゃって。


 で、こんどそれを考慮して前から数列目に席を確保して見たらあら大変。スクリーンとの距離がしっかり計算されてるから最前列でも見やすいじゃないですか。折角計算したのに台無し。しかも、今から変えてもらう訳にもいかない。仕方ないからその席で見るけど、そのことがどうも頭に残っちゃって。


 んで、次に席を聞かれた時にちょっと悩んでしまう。この映画館は最前列でも見やすいように配慮されているのか。それともそんな事は考えられない大変残念な頭で設計されているのか。受付の人に聞いてみても良いかもしれませんが、皆決まってこう言うでしょう。「どのお席でも見やすいように設計されております」。やかましいって話ですよね。



 おっと、話が脱線してしまいましたね。それで何でしたっけ?そうだ、特等席。大丈夫です。我々は最前列の方が逆に見づらいといった配慮の欠けることはしておりません。どんなお客様でも「最前列にして良かった」と言っていただけるような設計にしておりますのでご安心ください。


まあ、とは言っても今日のお客様は貴方様一人なので、お席のご希望があれば承ることはいくらでも可能な訳なのですが、大丈夫でしょうか?…………駄目、という言葉が聞こえませんのでご満足いただけたという風に理解させていただきます。ありがとうございます。もし、後からやっぱり気になるという場合がございましたらいくらでもお申し付けください。係員が多分対応すると思いますので。ええ。多分。


 ん?何でしょうか。質問。自分以外のお客が居ないのは何故か?なるほど。いや、お客様は実に鋭いお方だ。我々といたしても出来れば聞いてほしくなかったところをぐいぐいと攻めてくる。やはり貴方様が観客第一号で本当に良かったと今胸をなでおろしておる所でございます。


ええ。ご指摘の通り、ここには貴方様と私しかおりません。通常映画だろうと何だろうと、せいぜい数人はいるものです。それが一人。さぞかし流行っていないのではないかというお客様のお気持ちはよく分かります。


 しかし、しかしですよ。考えてもみてください。そもそも、世の名作と呼ばれる作品の数々だって、最初は全くの無名から始まるものです。今でこそ新作を発表しただけでニュースになるあの人も、十数年ぶりに最新作を書くと発表しただけで話題になっちゃうあの人も、或いは書けば凄いんだけど、とにかく書かないあの人も、最初は全くの無名だったわけです。


 それこそ数少ないファンに向けて、せこせこと冷暖房も効かない部屋で話を書いていたころも有ったかもしれない。つまりですね。そういった未来があるかもしれないという話な訳です。今はこうしてお客様と私の対話になっています。なっていますけど、いつかは私が大勢のお客様に語り掛ける。そんな日が来るかもしれないのです。その時、私は声を大にして言います。貴方はこの素晴らしい場所を作り上げた第一人者であると。ええ、誇りますとも。誇らせていただきたい。それだけ重要なことなのです。



 ですが、それを「大事なこと」だと分かっている人はなかなかどうして少ないものです。昔は皆きらきらした目をしていたのに。少年少女の持っている、何物にも代えがたい情熱を持ち合わせていたのに。今じゃどうですか。そんな情熱はすっかり失われ、二言目には数字、数字、数字。まったく嘆かわしい。そんなに数字が大好きなら数学でも極めて、未解決問題と向き合ったらいいんです。懸賞もかけられているわけですし、きっとその方が喜ばれるでしょう。


 と、まあ私がこんな風に憤っていても全く何の意味も無いし、お客様にとっても面白くないですよね。ところがですね、そんな現実を何とかしようと立ち上がる若者がいるんですよ。いやぁ、嬉しいですねぇ。こういう若い芽を育てていきたいものですよね。特に最近はこういうのを危険分子と捉えて攻撃するじゃないですか。本当に自分勝手ですよね。自分と共感できないやつは敵だから潰してしまおう、なんて。どっちが危険分子だって話ですよ。



 コホン。話を戻しましょう。んで、その若者っていうか彼女。まあお嬢様なんですよ。親がほら、お金持ちだから、すんごい丁重に育てられて。お陰様で彼女に「こうしなきゃいけません」っていう人、いないんですよ。


 こういうのって大抵は「良くないこと」みたいな扱いになりますけど、今回に限っては良かったと思う訳なんですよ。だって、そのお陰で彼女は今でも純粋で、「どうあったら美しいか」が良く分かってる。これ、意外と狂っちゃってる人多いんですよ。その点、ほら、彼女は温室育ちだから。まだまだ純粋なままでいるわけです。


 だけどね、純粋な彼女にとって、この世界はすっごく生きにくいから、彼女、殆ど表に出てこない訳なんです。それでずーっと本を読んだりしてるの。ミもフタもない言い方をしちゃうと「引きこもり」に近いですかね。まあ、これも勝手に人がつけた呼称であんまりよろしくないんだけど、取り敢えずのイメージとしてはそんな感じです。



 ところが、そんな彼女はある時気が付いちゃった。この世界、おかしくなってるぞって。おかしくなってるってなんだと言われても、これがそう言うしかないんですよね。とにかくそんな違和感を持った彼女は、何とかしなくちゃと思った。だけど、まあ彼女、ただのお嬢様でしょ?流石に一人で出来ることは限られてるわけです。


 さあ、ここで質問。彼女はどうしたと思います?…………なに?仲間を集めた?お客様。私は今、貴方が記念すべき第一号で良かったと思っております。ええ、それはもう、心の底から。そう、彼女は仲間を集めようとしたのです。ただ、先ほども申しました通り、彼女はいわば「引きこもり」に近い訳でして、これがなかなか難航を極めるわけなのですが……それは、お客様ご自身の目で確かめていただいた方が良いでしょうね。



 さて、そろそろ開演のお時間が迫っておりますので。最後に一つだけ。お客様は人生を生きていく上で一番重要なことはなんだと思われますか?……ああ、申し訳ございません。そんなに、真剣に考えこんでいただかなくて構いません。ちょっとした話のきっかけに過ぎませんので。


 私はですね。「自分に軸を持つこと」だと考えております。何も自己啓発なんかではございませんよ?お客様の回りにおりませんか?自分に軸が無い人。とにかく「売れたか」とか「流行ったか」でしか物を判断できていないのに、自分は凄く判断力のある人間だと思い込んでいるような方。


 もしいないということであれば、お客様のその友人関係を是非大切にしていただきたい。それはきっとかけがえのないものですから。…………ただまあ。お客様本人がそうで、実は気が付いていないという可能性もございますが。



 これからお目にかかりますのは、そんな「自分の軸」をすっかり忘れた一人のつまらない男の物語。つまらない、とは言いましたが、つまらないのはその男自身。しかも彼は「本来は面白い男」なのです。ただ、それを忘れ去ってしまっている可哀想な男。そんなどこにでも転がっている可能性をどう捉えるかは……お客様自身でございます。くれぐれもお忘れなく。


 そろそろお時間ですね。それでは、お客様。行ってらっしゃいませ。


 …………え?私が誰かって?それもまたお客様次第です。何せ私は、お客を楽しませることだけを至上と考える、一人のしがない道化師ピエロでしかないのですから。

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