第12話 激突!

 警官隊の攻撃をひらりひらりとかわしながら先陣を切って走って来るのは、両手に手斧ミニアックスを一本ずつ持った、褐色の肌がまぶしい身軽な小男だった。頭に巻かれた紫色のターバンから黒髪をたなびかせ、まっすぐにこちらを見据えたままエドアルド・バジェのいるテントに向かって突進してくる。


「かかれぇぇぇぇ!!!海賊の進撃を阻止しろぉぉぉぉぉ!!!」


 上官の命令に従って勇敢にも立ち向かって来る警官たちの攻撃を蝶のようにかわしながら、斧の柄のほうでみねうちし、一人、また一人と倒していく。仲間が軽々と倒されていくのを見て、警官たちは及び腰になり、この小男が通っていく道を開けていく。逃げ惑う人でごった返す港の上を、海賊ひとり通る道が一直線にできていた。

 

 そしてその道の先に、サレハが左右の手に長槍を構え、仁王立ちで小柄な海賊を迎え撃つ格好となった。


「そこ、どきな!!!!!」


 サレハとの身長差は30センチは裕にある。長槍と手斧のリーチの差にも、海賊は一向にひるむ様子もなく突進してくる。自分を避けるでもなく正面から勝負を挑んで来る海賊に向かって、サレハも手加減することなく、右の長槍を力いっぱい突き出した――瞬間、槍がブンッと空を切る。

 海賊が地面を思い切り蹴って、上にジャンプして槍の攻撃を回避したのだ。上に避けた小男がサレハの頭上から右の手斧を振り下ろす。


――ガチィィィィィィン!


 その瞬間、サレハが右手の槍を短く持ち直して斧の攻撃を受ける。


「甘い!!!」


 サレハの側頭部を狙って、海賊が左の手斧で横から切りつけてくるのを、サレハはすんでのところで後ろへ飛んで避けた。サレハの目つきが暗殺者アサシンと対峙したときのような真剣な眼差しに変わる。


「まだまだぁぁぁ!!!」


 振り下ろした右の手斧を下から上へ振り上げるのを、サレハはやっとのところで槍の柄で食い止めた。間合いを素早く詰められ、左右の斧で自在に斬りつけてくる海賊の攻撃に、さすがのサレハも防戦一方になる。


――ガッ!


「あっ――――!!!」


 サレハは敵の攻撃を受けながら力の加減を読んでいたのかもしれない。

十遍にはなるだろうか。連続して手斧で斬りつけられるのを防いだところで、サレハは手斧での攻撃を押し返した。その拍子に、海賊が後ろにバランスを崩し思わず声を上げて尻もちをついて転ぶ。

 転んだ相手にすかさずサレハは上からザクリと槍を突き立てようとしたが、今度は海賊がゴロゴロと横に転がってその攻撃を回避した。


「お頭!!!」


 上から左右の手で槍を突き立てられるのを避けるばかりで、立ち上がることもできない小男の後ろについて来ていた別の短髪細身の海賊が、サレハに短剣で斬りかかる。サレハはそれを槍で受け流して横へ飛び退き、二本の槍を再び構え直した。


 その隙に、海賊の手下が倒れている小男に走り寄り、抱き起こそうとしたが、頭の方はその手を払いのけ立ち上がると、手斧を手に


「アラスコス!邪魔だ!!!」


と言い放ち、サレハに再び襲い掛かった。


 サレハの長槍も海賊の方へとぐんと伸びるが、またもや海賊はその攻撃を回避した。今度は突き立てられた槍の下へともぐりこみ、槍を上へ払いのける。勢いサレハの右手から長槍が飛んだ。海賊は武器を一つ失ったサレハにも容赦なく、すぐさま懐に入って間合いを詰める。その手斧の一撃がサレハの頸部を捉えようとした瞬間、サレハはサッとしゃがみ込み、海賊へと素早く足払いを掛けた。足を取られた小男がバランスを崩すのを見計らって、サレハは腰の半月刀を抜き、下から上へと振り上げた。


「――――――っ!!!」


 倒れこまずにその場に足を踏ん張った海賊は、間一髪、後ろへ一歩飛び退き、半月刀はの身体には届かず、上に着用している布を切り裂いただけだった。

 海賊のシャツの胸元がはだける。

 

 その胸の膨らみが、戦いを挑んでいる男の前にあらわになる。


「――――女!?」


 驚いたクレメンテは思わず声を上げた。サレハも驚いて目を皿のように大きくしたまま動かない。

その声を聴き、女海賊はたわわに揺れる胸をバッと隠した。


「お頭!!!」


 アラスコスが再度、上半身の服の開けた女海賊に駆け寄る。


「……た……退却っ!!!」


 白日の下、不特定多数の男に胸を晒された女海賊の身体を守るかのように抱き締め、アラスコスが大声で叫んだ。


「ちょっ……!お前……アラスコス!何を言う!?せっかくここまで来たのに!!!!!もうちょっとでエドアルドに……!!!!!!!」


胸の中で暴れ始めた女海賊の言葉を無視して、アラルコスはなおも続けた。


「退却!!!……ひ、退け!!!退けー!!!!!」


 突然のアラルコスの号令に、優勢だった海賊たちは一瞬顔を見合わせたようだったが、女海賊を抱く彼を見止め、自分たちの頭にのっぴきならないことがおこったのだという状況を察知すると、退却を始めた。

 今回の襲撃で痛手を負った警官たちの方は逃げていく海賊たちをこれ以上深追いはしなかった。




 エドアルド・バジェは、船出式の邪魔をした海賊たちを取り逃したゼラノーギ・ズィゴーをはじめとする警官隊、そして、三人の用心棒たちに非常に憤慨した。


「オレの命を狙って、せっかくの新年の船出式を台無しにした賊を取り逃すとは……オレはお前たちに警護を依頼したんだ!!!取り逃してどうする!?今後も狙われるんだぞ!?!?!?」


 テントの中で顔を真っ赤にして激高するバジェが怒りで我を忘れ、ズィゴーの制止も聞かないまま、言葉を続ける。


「死にぞこないの老いぼれに、死にぞこないの小娘が――!!!」


「死にぞこないの老いぼれに、死にぞこないの小娘?」


 クレメンテが鸚鵡返しに聞き返すと、バジェは余計なことを口走ってしまったでも言わんばかりに、ハッとして


「なんでもない!お前らには関係ない!!!」


と大声で怒鳴って、それっきり背中を向けて黙ってしまった。

 バジェはフーフーと肩で数度息を吐きながら、我を忘れるほどの激昂を抑えるような仕草をし、落ち着きを取り戻そうとしているようだった。


 そういえば、前にゼラノーギ・ズィゴーが屋敷を尋ねた来た時にも、バジェは同じようなことを話していた。


――業突張ごうつくばりの老いぼれが!金は死んでまで持っていけるものでもなし。黙ったままだ。


 「死にぞこないの老いぼれ」とは、今口走ったのと同じ男のことだと、クレメンテは直感した。あの時の様子だと、ズィゴーもその老人のことを知っているようだ。


――エドアルド・バジェは、海賊に襲われる理由を隠している。


 クレメンテは思った。それはきっとバジェが時折話す「老いぼれ」にまつわることだろう。そしてその秘密をズィゴーも知っているはずだ。

 この秘密を暴き、解決しない限り、バジェはナギル、サレハ、クレメンテの三人を用心棒から解放してくれないのではないか?もしそうならば、三人はその秘密を解明しなければ、逃亡できないということにはならないだろうか?

 クレメンテはその秘密を知る必要があるとぼんやりと思った。

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