19 闘いと戦い

 



 ちらりと書架へ目をやった一瞬を、突かれた。


 赤玉せきぎょくの王が今までのようにこぶしや炎で撃ってきたのなら、ルクセルの反応も違ったかもしれないが、目線をさえぎったのがくすんだ色の布であったばかりに、身構えるのが遅れた。


 巻き付いてきた天蓋てんがいから逃れるようにして身を返した先に、もう一枚、布がはためき、絡み付く。

 書架の覆いとして下げられていた古びた布は、汚れが染みついた見た目以上に丈夫で、ルクセルの体をとらえると身動きするごとに締め付けてきた。


「やはり、永遠とわの命は気になるようだな」


 布の端を片手に、赤玉の王は燃える書架を見やった。布を手繰たぐり、捕らえた獲物をさらに宙へと吊り上げる。天井を支えるために組まれた梁が、ぎしりと鳴った。


 柱と柱の合間に板を渡して作られた簡易的な書架から上がった火は、湿った地下の空気を煙らせながら、小さくなっていく。

 吊られたルクセルは逆さになった頭を、わずかに起こした。布に上半身を取られたまま身じろぎもせず、書棚のそこそこで燃える小さな炎を見つめた。


 赤玉の王はルクセルの視線を追うと、尊大な口ぶりで旅人に宣告する。


「良かろう、己で選ぶがいい。書架の謎を知るため、その身を実験台とするか。我が血となるかを」


 空いた右の手のひらが、赤に染まる。体をめぐる金継ぎの線が強く輝き、その光が流れを作って、手の内へと集まってゆく。右手を染めた赤が濃くなるごとに手のひらからは熱が立ち上り、陽炎のように空気が揺らめいた。


 その手で燃やし尽くしたものを、炎を介して、己の力と出来る。


 異形の王を貫く偽りの石は、命を得るために命を欲している。赤玉の王は、その力を用いて迷い込む数多あまたの者の命を喰らい、永遠の命を得ていた。

 そして時に、命をつかさどる赤き石から力を分け与え、地の底では生きられぬ者たちを惑わせては、しもべとしてきた。

 己の血から生み出される、炎の色をした燃えない石を喰らわせて。


 永久の時と共に得た、埋めることのできない、なにかをまぎらわすために。



永遠えいえんとは、そんなものか? 君の言う、永遠とわの命とは、そんなものなのか」



 ルクセルは穏やかな声音で、たずねた。蜘蛛クモの糸にからめとられた哀れな虫の最期のように、ついには手向かうこともせず、布から出た右足を宙へと放り出している。


 永遠の炎の石、カーバンクルス。偽りの神の石をその胸に、赤玉の王は満足げに笑みを浮かべた。

 己を否定するルクセルの答えこそ、待っていたものだとでもいうように。



「なるほど……要らぬか。永遠も、命も」



 それが要らないのは、己も同じなのかもしれぬ。赤玉の王カーバンクルスは、自身を貫く宝玉を見やった。


 永遠は、この赤き石に付属していただけ。己の命でもあるその石を守るため、更なる力を欲していただけに過ぎない。長き時は退屈を生み、力への欲求が際限なかったゆえに、ただここまで来た。


 異形の王が求めていたのは命でなく、力だ。今までとは違う、新しく、異様な力。


 この旅人を取り込めば、なにか新たなものが宿るだろうか。

 赤玉の王は、朱に染まった己の右手を見やる。手から顔へと、逆さまの旅人の冷めた瞳へと目を上げて、異形の王は告げた。


「ならば、私の血になると良い」


 新たな力を手に入れられる予感に囚われて、赤玉の王カーバンクルスは一層、笑みを強くした。城の外の闇のごとき漆黒の瞳に、偽りの神の石の赤が、きらめく。








 闇の中に、赤いきらめきが散る。


 銃の火花でもない、虫明かりでもないその輝きに、王女が驚くほどの反応を見せたのは異形の戦士たちだ。

 武器を放り出し、我先にと、砂利の合間に落ちた紅玉ルビーへ飛び付く。仲間を押しのけ、砂利を掘り起こし、小石も泥も飲み込まんばかりに争う様子に、王と兵士たちはあっけにとられた。


「今です!」


 王女は剣を手近な敵へと振るいながら、父王と騎士たちへ駆ける。服のそでに隠した赤い石をまた数粒、宙へと放ると、兵士たちを取り囲んでいた一群が獲物に背を向け、水しぶきを上げて泥に転がった。


「機を逃がすな。王女に続け!」


 王様は両の手の剣を振るい、こちらに背を向け、地にいつくばる異形の者たちを次々と倒した。

 前線の騎士と兵士たちは防御を解き、混迷をきたした敵へと一気に挑みかかる。赤い石に魅せられた異形の者たちは、なすすべなく打ち倒されていく。


 だがしかし、王女が持ち帰った紅玉にも限りがある。ここですべてを打ち取れるほど相手は弱くはない。

 なによりも向こうはまだ、数で優っている。どちらが最後まで戦い続けられるのか、この決戦の勝敗は見えていない。

 掲げる虫明かりの下で兵士に囲まれた従者が、こちらへと手を振る。そちらへうなずきを返し、王女は最前列の父の元へと駆けた。



「我々の運命は、あの者と共にあります」


「旅人か」



 王様は、倒れ伏した異形の者たちの向こうで、紅玉の魅了から解けて、態勢を立て直し始めた敵の軍勢を見やる。勝敗はまだわからなくとも、もうすでに決めていることはあった。


「最後まで戦い抜くのだ! 我と、王女に続け!」


 皆と国の命運を王女に、その決断に託す覚悟は、とうに定めている。そしてなによりも、自信に満ちた娘の顔を前に、父が迷うことなど、もうなかった。









 

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