13 戦場



 左手に回った騎士の一人が不意に、土手を半分転がり落ちる。足に強烈な打撃を受け、なすすべなく転がった騎士の前へと降り立った者は、奇怪な鳴き声を上げた。


 土手の反対側、空堀から飛び上がってきたのは、大きな木槌を手にした異形の者だ。鳥のくちばしを持った相手の顔に一瞬たじろきながらも、もう一人の騎士が駆けつけ、戦友にとどめの一撃を加えようとする敵を追い払おうとした。


 その後ろへとまたひとり、岩のような影が堀の底から躍り上がる。土手を叩いた両腕はそれぞれが、敵に後ろを取られた恰幅のいい騎士の胴回りほどもあった。振り上げたその腕での一撃は、鳥男の木槌の比ではないだろう。

 後ろの気配にはっとして振り向いた騎士の前で、異形の者は宙へと舞った。


 毛むくじゃらの腕を取られ、あっけなく砂州へと投げ飛ばされた岩のような敵は、異形の者たちの頭上へと降り、同族と砂利に体をめりこませた。


 鳥男の背後では目にもとまらぬ一閃が、きらめきを放った。

 地から斜めへ切り上げた一太刀で、くちばしから断末魔の悲鳴が上がる。空を飛ぶ鳥とは似ても似つかぬ軋んだ声を途切れさせ、事切れた異形の者は、土手に倒れて泥を滑り落ちた。


 異形の敵が立っていた場所には、そちらを見上げた騎士もよく知る人が愛用の剣を構えていた。今ごろ都から少しでも遠くへと逃れ逃れて歩いているだろうこの騎士の妹と同じ年頃であるその人が、歴戦の勇者に思える。


「土手から離れて! 上から狙われます!」


 陣形を築く兵士たちへの指示は、驚きと歓喜の声で迎えられた。驚きのみであったのは、その父親だけらしい。

 どれだけ腕が立とうとも守るべき少女としてしか見ていなかったその人の父王を彷彿とさせる姿に、討伐隊の士気は上がる。王様の後に続いて土手へと近づきつつあった陣形は立て直され、砂州の中にとどまった。


 王女は負傷兵と彼を陣へと運ぶ騎士を支援して、空堀から這い上がる敵をいなし、退路を作っていく。その姿に王様は魔術師を追うことをやめ、娘へと土手を駆けた。


「お前は、なぜにこんなことを!」


 父の問いに、王女はいとも簡単に答える。


「勝ちに参ったのです。異形の王との決戦に」


 答えに困ったのは王様の方であった。返すべき言葉が見当たらず、たしなめることも出来はしない。出てきた言葉は言いたいこととは違う、ただの疑問であった。


「あれは、お前か? 王女よ」


 池を決壊させ、異形の軍勢の足場を奪う。根城へ仕掛けようとしていた発破を正面突破のための切り札として使わせたのだが、それを成功させたのは誰かと聞いた王様へ、王女は一言で簡潔に答えた。


「いいえ」


 そこへ、先ほどから王様も気になっていた者が、こちらへとやってきた。大岩のような異形の戦士をいとも簡単に投げ飛ばした、みすぼらしい身なりの若者だ。


 ルクセルはこちらへと駆けながら、鮮やかな身のこなしで敵を倒す。

 ヤマアラシのごとき敵の短い足を追い抜きざまに払い、ひっくり返すと、さらにその腹を踏みつけて背にあるとげを土手へ刺し、身動きを取れなくさせるという曲芸を難なくやってみせた。

 これは何者だと王様が口にする前に、旅人は王女へ言った。


「彼を陣へ届ける。みなと上へ引き返せ。城の中は、もう危険だ」


 さっさとそれだけ話すとルクセルは、土手の上を駆け戻った。立ちふさがる異形の者たちの攻撃を次々とかわし、空堀の中へ身を躍らせて見えなくなる。

 王様は精鋭の騎士たちと土手を這い上ってくる敵を切り伏せ、盾で殴りつけて押し返しつつ、側で共に戦う王女へ聞く。


「あの者は?」


 今度も簡潔に答えがあった。


「ルクセルです。旅人の」


 山ほどたずねたいことはあったが、それは今やることではない。魔術師を追おうにも空堀と城の前には、土手に這い上がりこちら側へと回ってくる敵が、続々と集まってきていた。


 王様は王女から離れないようにと注意しながら、砂州の中央へと下る。半ば泳ぐようにして追いすがってくる敵を、ひざ丈まである冷たい水を跳ね上げながら、上から突き、下から切り上げ、確実に打ち倒していった。

 水浸しの砂州も、じわじわと水が引き始めている。流れがあるときならまだしも、ただの水たまりとなってしまえば、いくら足場が悪かろうと異形の者たちも全く戦えない訳ではない。

 盛り返しつつある異形の軍勢を前に、討伐隊と王女の頭上へ、地下深くの漆黒の闇が再び覆いかぶさろうとしていた。




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